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第十章 6

 それでも望みを捨て切れず、顔に耳を寄せると、微かだが呼吸音が聞こえるような気がした。 (これは、抜かないほうがいいんじゃないか)  医学的知識があるわけじゃないがそう思い、着ていたシャツを脱ぐと、傷口付近をそれで押さえた。 「トワ、しっかりしろ」  何度も名を呼び反応を確かめようとする。 「……騒ぐなよ……」  やっと何度目かで、微かな声が聞こえた。 「トワ……なんで、こんな……ユエなのか」  そうとしか考えられないのに、信じたくない気持ちもあった。  トワは今までだらりと下げていた手をゆっくりと持ち上げ、自分の腹に刺さる短剣に触れた。 「これは……俺が、あそこから……この下の……持ってきた……」 『あそこ』とは恐らく拷問部屋のことだろう。  本当ならもう話の出来る状態ではないのかも知れない。途切れ途切れの言葉はちゃんとした文章として成り立っていない。 「ユエを……というわけじゃ、なく。ただの護身用、使うつもりなかった…………ウイを探しに……でも……ウイは…………」 『ウイの死』は語るのも辛いのかそこで目を伏せた。  再び開いた時にはもう何処に目線が結ばれているのかわからない状態だった。 「ユエ、なんだろう……や……ユエの顔した……おんな?……が、ウ、イ、を……まだ地下に……ぃるんじゃ……ない、かと……彼奴の……大事なもの……持って………」  時々苦しそうに息を吐きながら、それでもたどたどしく言葉を繋げる。まるで、自分の最期を伝えたいかのように。 「ウイの大事なもの?」 「こ、れ」  もう片方のずっと握りしめていた手をそっと開く。 「これ……」  ああ、とソウは思った。ウイの胸許を見た時に何かが足りないと感じたのだ。でもそれが何かわからずにいた。  掌に載っていたのは、ずっとウイが隠し持っていた、そして、最近はちゃんと見えるように下げていた、シルバーのネックレスだった。 「これ、俺が、やった……んだ」  苦しいだろう。そんな状況にも関わらず、トワの口許に幸せそうな笑みが微かに浮かんだ。 (トワ……そんな顔を……)  トワはユエを想っていて、でも、傍にいる時でも何処か苦しそうな笑みを浮かべていた。 (こんな……幸せそうな……)  もう既にトワの心はウイに寄り添っていたのかも知れない。本人にも気づかないうちに。 (それなのに……)  ソウは涙が出そうなのをぐっと我慢した。 「……らせん、かいだんのうえから……ピアノ、きこえてきて……ユエがいるんだと……もうすでに、ユエでは、なかった、けど。ユエのむなもとで……これがひかってて……俺……とろうとして…………」

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