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第十章 7

 ーーーー螺旋階段の上から漏れ聞こえてきたのはピアノの音。 (ユエ……なのか?)  トワは余りクラシック曲には明るくはない。しかし、流れてくる曲は『黒薔薇の葬送』に似ているようで、そうではないことはわかった。  恐らく原曲のほうだろうーーフレデリック・ショパン作ピアノソナタ第二番『葬送』。『黒薔薇の葬送』はこの曲をモチーフにユエが作った。  ユエがピアノを弾き始めたのは、BLACK ALICE加入後。ソウが教えていた。作曲も出来る程の上達振りであったが、今聞こえて来るピアノの()はそれを遥かに上回っている。 (ユエじゃないのか……? なら一体誰が……)  この上にはいったい何者がいるのか。不安に駆られながらも階段の一段目に足を乗せた。  螺旋階段はその部屋の中程に通じていた。  全面ガラス張りのサンルームのような場所。窓ガラスの外では黒薔薇が咲き乱れていた。  ピアノの音はトワの後方から聞こえてきていた。  振り返ると開けられている屋根と鍵盤の間から弾き手の顔が見えた。 (ユエ……)  白いドレスを着たユエが目を閉じたまま弾いている。指を動かすのに合わせて身体は揺れ動く。時折高く上がった白い指先が見えた。 (綺麗だ……)  今の彼は恐ろしい程に美しい。 (…………)  静かに黒いグランドピアノの後方からゆっくりと近づいて行くと、ドレスの胸許に何が光って見えた。 (あれは……)  後ろ手に持った短剣をぎゅっと握り締める。  危険な予感で身体が震えた。  傍らに立つ。それでもユエは何も気づかないかのように奏で続ける。  先程光って見えたものは、そのドレスには凡そ似つかわしくないネックレスだった。 (やっぱり、俺の……いや、ウイの)  ーーそのネックレスは血に染まっていた。 (ウイの血が……っ)  それに気づいた時、それを取り返したいという思いが暴力的なまでに募り、手を無防備に伸ばした。  その瞬間ぴたりと音楽が止む。  ユエがーーいや、ユエの顔をした肖像画の女が目を見開いた。  濃緑の瞳。  見詰め合って、時が止まったような気がしたのは、ほんの刹那。  そう感じたのに。  その一瞬がーートワに死を招く。  後ろ手に持っていた筈の短剣はユエの手に。そして、()はトワの腹に深々と埋め込まれていた。 目の前の紅い唇がにたりと笑う。  トワは足を蹌踉(よろ)めかせて後退(じさ)る。その指先にはネックレスが引っ掛かっていた。  そのネックレスをぎゅっと握り締め、少し離れたソファーの陰に座り込んだ。  ユエは椅子から立ち上がったが、もうトワのことはちらりとも見てはいなかったーーーー。  

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