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第十章 8
「掴まれ」とソウが肩を貸して支えようとするが、トワはそれを拒んだ。
ソウの身体を今出せる最大の力で押し退ける。そして、弱々しく首を振る。
「いいんだ……俺は、もう。これが俺たちの運命なんだって……俺たちはわかっていたんだ」
『俺たち』。それはトワ、そしてウイのことを示しているのだろう。
「お前はユエのことを……守れ」
トワの視線は遠くを見詰める。
その先を見ると、ユエが次々とカーテンに火を付けていた。
「ーー俺はもう満足だ……彼奴に刺されて死ねるなら本望だ……」
(トワ、まだユエのことを……)
想いはウイに移ろうとしていても、やはりユエのことが心の大半を締めてしまっているのだろうか。
「……それに……」
そこまで言ってトワは目を閉じた。
両手がだらりと脇に下がる。
それでも、ネックレスだけは隠し持つように緩く握られていた。
(……これで……お前のとこに行ける……今の俺はユエの為に死んでやれるけど……もし生まれ変われたら……今度は……お前の為に生きる…………)
死が訪れようとする彼の口許は幸せそうに微笑んでいた。
安らかな顔だった。
もう既にサンルームのあちこちに火が回っていた。
早くユエを捕まえなければ。
トワとウイのことはもう断ち切るしかなかった。
ユエの許へ走り寄ろうとする途中。
窓とは反対の壁側でドサッと音がした。
そして、感じる視線。今はユエと自分しかいない筈なのに。
視線を感じるほうに顔を向けると、そこには壁の上から下まである肖像画が掲げられていた。
重い天鵞絨のカーテンで覆われていたのか、燃えたカーテンが肖像画の下に落ちていた。そして、その炎が肖像画をも下から燃やして行く。
「あははは」
ユエのーーいや、恐らくはその肖像画の女の哄笑が響く。
「全部燃えてしまえ。そんな化け物のような醜い顔も、わたくしを化け物呼ばわりして閉じ込めたこの部屋も全部燃えろぉぉぉ」
『醜い顔』
そうなのだ、その肖像画の女のドレスも顔立ちも、階段の肖像画の女と瓜二つ。しかし、左側の目は潰れ、左頬全体を被うような赤黒い痣があった。
(階段の肖像画が対外的なもので、こちらが本物か……自分の醜さを見せつけらるような、そんな肖像画と一緒に閉じ込められていたっていうのか……)
「ユエ!」
ソウはその肖像画を背に窓際にいるユエの許へと走った。
「ユエ! ここを出るんだ!」
「あなたはだぁれ?」
このままだと焼け死ぬなどと思ってもみないような彩やかな微笑み。
焔の灯った燭台をこちらに掲げていた。
「くそっ」
一言毒づいて無理矢理近づく。
ぐっと彼を抱き寄せた。
「うっ」
蝋燭の炎がソウの左側の髪を焼いた。
ユエが踠いて更に肌に押しつけられた。人間が焼ける臭いがした。
「ゆいっ! やめるんだっ」
「…………あお…………」
『女』が消えた。
ユエの手から燭台が落ち、そして、身体が傾いで行く。
ソウは彼の身体をしっかりと抱き留め、抱え上げると螺旋階段のほうへと走り寄った。
「……なんで……っっ」
ソウは螺旋階段の手前で立ち尽くした。
螺旋階段の為に開けられた空間からも、炎が忍び寄っていたのだーーーー。
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