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第5話 アイツの弁当箱
★1話完結型です!
コンビニのおにぎりにカップラ。
昼はいつもこの組み合わせ。
値上がりして懐は痛いけど、せっせと料理する気にはなれない。
昼休みになり、買いに出ようとしたら、先輩が営業から帰ってきた。
「彰人、今から昼?まだなら俺の弁当食べない?」
先輩の弁当は、彼女の手作りなはずだ。
「え、いいんですか?俺はいいですけど…彼女に悪いですよ。家に帰ってから食べたらいいんじゃないですか。」
「夜は夜で飯があるんだよ。そのまま持って帰ったら機嫌悪くするからさ。」
そう言って、弁当箱を渡された。
「俺、ちょっとあっちの営業と飯行ってくるわ。」
先輩は早速出て行った。
先輩の弁当箱は、曲げわっぱだった。
それだけで弁当が美味しそうに見える。
黄色の卵焼き、いんげんのベーコン巻き、定番の唐揚げ。
ごはんは白胡麻がかかり、梅干しだ。
一時期、自炊しようと思った時もある。
だが、俺には料理の才能は皆無らしい。
卵焼きはこんなにキレイな黄色にはならず、まだらに焦げる。
いんげんとか買ったことがないし、ましてベーコンで巻いて串を刺すとか、そんな手間の必要性がわからない。
唐揚げも手作りっぽい……。
よっぽど料理が好きなんだろう。
あと、ふりかけでなく白胡麻なのが憎い。
いかにも先輩の体を気遣っている。
梅干しだって、ほかの漬物に比べればお高いんだぞ。
なんて愛情ましましな弁当だろう。
食ってるの俺だけど。
なんか申し訳ない。
こんな良いものを、ポン、と後輩に渡すなんて、先輩は作る大変さや、有り難みがわかってないんだろうな。
むしゃむしゃと弁当を食べ終わり、そのまま返すわけにもいかず、職場の流しで洗って返した。
久々に人間の食べ物を食べた気がした。
♢♢♢
しばらくして、また先輩が弁当をくれた。
急な移動が入ったから、移動中に軽く食べたいらしい。
俺はもちろん受け取った。
その日は鮭弁当だった。
黒胡麻がかかったご飯の上に鮭が乗り、ブロッコリーの和物と、お肉と長芋とれんこんの煮物が詰めてある。
鮭は程よい塩味で食欲を掻き立てる。
黒胡麻はこんな小粒なのに香ばしい。
出汁しみしみのお肉と長芋に、れんこんの歯応え。
和食でまとめるかと思いきや、ブロッコリーの味付けはエスニックだった。
こんな小さな弁当箱に、これだけ飽きないような工夫をするなんて、たまげた彼女だ。
俺は手を合わせて、ごちそうさまを言うと、弁当箱を洗って先輩の机に返した。
それからも、度々先輩の弁当は俺に横流しされた。
時には、俺を外食に誘って、弁当は夕飯に食べればいいと、くれることさえあった。
弁当箱無かったら怒られませんか?と聞くと、職場に忘れたと言えば大丈夫だ、と言う。
♢♢♢
ある日の休日、大型スーパーで先輩が買い物をしているのを見かけた。
仲良さげな連れがいたので、もしや彼女?と思って見たら、男だった。
先輩に兄弟は…いなかったはず。
きっと友達だよな!
急にバグッた俺は、早くスーパーを出たくなって買いたい物も買わずにレジに並んだ。
こんな時に限って、混んでいてレジはなかなか進まない。
「あ、彰人。」
声をかけられた。
こんな時に限って、俺の後ろに先輩たちが並んでいた。
「どうも…。」
と、軽く挨拶したら、カゴの中が見えた。
長芋、れんこん、白胡麻、いんげん、ベーコン、鮭。
あの、ベーコン巻きに刺さっている串まで入っている。
生活用品も入っていて、友達の買い物には見えない。
まぁ………
だからって、俺には関係ないよ!
俺はただ食品ロスを無くしているだけさ!
それはそうと、早くレジのお兄ちゃん、終わってくんないかな!
くそ、こんな時に限って、研修生のレジに並んじまった!
ようやく会計をして、サッカー台に移動する。
買い物袋を出そうとしたら、こんな時に限って見つからない。
まごまごと探してると、横に、あの彼氏?彼女?が、かごを持って移動して来た。
なんでそちらの会計は早いの?
レジを見ると、先輩が会計をしている。
こんな時に限って、ベテランレジ係がヘルプに入ったらしく、早くレジが終わったようだ。
何回、”こんな時に限って”があるんだよ!
「あの、もしかして、俺が作った弁当、食べてくれてるの、あなたですか?」
俺のカゴの中が、カップラと割引惣菜だらけだからそう思ったんだろう。
「は、はい。先輩、お客さんと外食することもあって、その時いただいてました…。素晴らしいお弁当ですね…。いつもありがとうございます…。」
こんなタイミングで買い物袋がひょっこり出てきた。
もう遅い。
「そうですか…。あの人は鮭の皮は食べないはずだし、洗い物なんかする人じゃないんで、わざわざ洗ってくるの、おかしいと思ってたんです。」
彼は、買い物袋に詰めながら言った。
「もし、また食べる機会があったら、よろしくお願いします。」
彼はちょっと笑って、詰め終えた荷物を持って先に歩き始めた。
先輩が、じゃあな、とこちらに声をかけて彼の後を追って行った。
♢♢♢
あれから、弁当の横流し頻度は増えていき、とうとう先輩は弁当を俺によこしながら、自分はコンビニ弁当を食べるようになった。
そしてついに弁当を持って来なくなった。
「俺の食生活の乱れが気にならないの?」
それはつまり、別れたってことですよね。
「誰か弁当作ってくれないかな…。彰人はダメだよね。」
「どこからどうみても無理でしょ。俺が弁当作ったのは人生で2.3回くらいですよ。」
そんなに弁当が大事なら別れるなよ。
あんな完璧な弁当。
「まあ、何を食べるかより、誰と食べるかだよね。」
身も蓋もないこと言うな。
「夕飯を作ってくれる人もいなくなったから、今日晩飯一緒にどっかいかない?」
寂しいからって、俺を巻き込むなっつーの。
先輩が弁当を食わなくなった頃、俺はさすがに罪悪感があって、洗った弁当箱を拭いたあと、そこにお菓子を入れた。
すると、次に弁当が来たとき、包みの中に珍しく、ふりかけが入っていた。
そこに小さく電話番号が書いてあった。
せめてお礼をちゃんと言いたくて、電話をかけた。
逆に、「いつもちゃんと食べてくださって、ありがとうございます。」と言われた。
彼は、修行中ので、いつか自分の店を持ちたいらしい。
彼の働いているレストランにも行ってみた。
わざわざ挨拶に出てきてくれた。
シェフ姿で笑顔の彼は、スーパーで会った時とは別人で生き生きしていた。
レストランの味も良かったけど、やっぱりあの弁当が好きだというと、俺の好みを先輩の弁当箱に詰めてくれるようになった。
それから度々うちに来て夕食を作ってくれるようになり、彼は先輩と別れた。
彼の弁当は好きだが、ここに持って来るわけには行かない。
そればかりが残念だ。
-完-
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