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第8話 半分だけ BL

40歳女子の美里。 さすがに”女子”はないか……。 十の位が変わるとかなり違う。 都会の一人暮らしは気ままで良かったけど、これだけ人がいるのになんでいい出会いがなかったのか。 今日は誕生日だけど、誰にも言ってない。 出勤の支度をしていたら、親から誕生日のおめでとうメッセージが来ていた。 結婚もせず孫の予定もなく、親不孝でごめんなさい、だ。 ♢♢♢ 会社に行き、朝礼が始まる。 「今日からこちらの部署でお世話になります、清水葉姫です。よろしくお願いします」 ヨウキ、なんて変わった名前だ。 でも、姫の漢字に負けないくらい爽やかで可愛い。 彼は25歳で営業だ。 私は派遣の事務。 バリキャリ女子が、会議だ打合せだと走り回っている時に、きっちり昼休みを1時間とって持参のお弁当を食べている。 すみませんねぇ、本当に。 手伝いたいのはやまやまだけど、スペックがついていかないんだ。 ♢♢♢ 週末の金曜日、清水の歓迎会があった。 清水は、話も面白くて可愛げがあり、酔い力も借りて周りと距離を縮めるのもうまかった。 私はこういう男子が好きだった。 リーダーってほどじゃないけど、地頭がよくて、優しくて、可愛がられるタイプ。 もちろん、サブリーダータイプの男子はモテるから、小・中は振られたし、高校からは自分が釣り合わないとわかって告白もしなかった。 遠巻きに清水のキラキラした笑顔を見ていたら、急に彼がこんなことを言った。 「俺、クトゥルフ神話TRPGが趣味なんですよ」 「くとぅ……?なんだって? 」 周りが、初めて聞く呪文のような言葉に呆気にとられている中、私は叫んだ。 「あたしも好き!リプレイ動画見て1日過ごしちゃう! 」 職場の初めての飲み会で、そんな説明の難しいコアな趣味を暴露するなんて、清水はタダ者ではない。 私は清水の向かいに陣取って、クトゥルフトークをした。 誰も入って来れない二人の世界だ。 邪神の加護を感じる。 いあ!いあ! ♢♢♢ 酔った勢いで、オンラインでTRPGをやる約束をした。 清水いわく、学生時代はよくTRPGをやったが、社会人になってなかなか友達と予定が合わず、やりたくてもできなくて欲求不満だったらしい。 約束の日に向けて、私は自分の友人に声をかけ、自分がキーパー役をかって出て、ゲームの準備をした。 そしてゲーム当日。 清水はゲーム中もいい奴で、頭の回転もよく、楽しい1日になった。 正直、すぐに好きになった。 もう少し若かったらアプローチしただろう。 15歳年下って……干支、まわりきってますからね。 それをきっかけに、会社でも話すようになり、久々に日常が楽しくなった。 ♢♢♢ 清水が来てから二週間後、新しく異動になった社員が来るという。 朝礼で自己紹介が始まり、私は青ざめた。 「宮本高河です。よろしくお願いします」 宮本は、保育園、小学校、中学校、高校も一緒の腐れ縁だ。 しかも、毎回好きな人が被る。 宮本は、男なのに。 保育園では、私が好きだった男子にあいつはめちゃくちゃチューしてた。 小学校の時は、好きな男子の親友がアイツで、いつも邪魔された。 中学校の時も、好きな男子とアイツが同じ部活で、私の入る隙がないくらい仲良しだった。 高校の時なんか、王子様系男子を好きになったのだが、他のキラキラ女子のアプローチが怖すぎて私は告白すらしなかった。 そんな強者女子を蹴落として、アイツは見事にその王子様を落としていたのだ! もはやあっぱれだ。 私が恋をしている時に、アイツがいる。 それはつまり、アイツは清水を好きになる、またはもう好きなんだろう。 ♢♢♢ 「お前、清水が好きなんだろう? 」 給湯室で宮本に言われた。 「あんたこそ」 「まあな」 ため息をついた。 まあ、私たち以外にも彼が気になる女子はいっぱいいるだろうけど。 「口説くつもりなの? 」 「仕事以外することないから、そうだろうな」 宮本自身もイケメンなのだ。 高身長、高学歴、出世街道をちゃんと走っている。 私は彼がゲイだと知っているからこんなつっけんどんな話し方だが、本来は逆高嶺の花だ。 「がんばってね……」 「お前はがんばんないの? 」 「もう、40歳だよ。15歳年下にアプローチして、どうすんの」 うまくいかなきゃ虚しいし、付き合えても結婚までいくかどうか、結婚できても子どもが生まれづらい年齢だ。 清水にとって、迷惑ばかりだ。 「まあ、お前、老けたもんな」 「なによ、それはお互いさまでしょ? 」 「いや、もう少しやりようあるだろう、って話。髪はボサボサだし、化粧も薄いし、服も……どうせ仕事だけと思って手を抜いてるんだろ。あと、太ったよね」 「言い過ぎじゃない?40歳過ぎたら、どうしてもこうなるでしょ! 」 「年齢のせいにするのは自由だけどさ、お前は女ってだけで、俺よりは成功確率高いじゃん。なんで確率を上げる努力をしないのか、不思議なんだよね」 男の宮本よりは……まあ、そうだけど。 「ま、お前のことなんて、どうでもいいけどね。そのまま歳を理由に生きていけばいいんじゃないの」 宮本は勝手に言いたいだけ言って、去って行った。 ♢♢♢ 家に帰り、預金通帳を眺めた。 新卒で入った会社はそこそこ長く勤めたけど、体を壊して辞めた。 それから派遣社員で働いている。 老後資金を考えて、できる限り切り詰めていた。 でも、こんな人生でいいんだろうか……。 おばあちゃんになるために生きているみたい。 本当に虚しくなってきた。 スマホにメッセージが入った。 『この間のTRPG楽しかったです!ありがとうございました。キーパー大変でしたよね。お礼といってはなんですが、今度スイーツ食べに行きませんか?』 清水からだった。 デート……じゃなかろうか。 恋愛抜きにしても、久しぶりの男子とのおでかけだ。 来週の日曜日に予定を入れた。 約一週間、少しくらいキレイになろうと思った。 ♢♢♢ 美容室に行き、新しい服を買い、ネイルにも行った。 化粧品も思い切って買い替える。 やっぱり…… 買い物って楽しい…… 新しい物は新しいだけあって、すぐイマドキのおしゃれに近づけた。 鏡をじっと見る。 やっぱり……太ったよね…… 一週間ではたかがしれているが、なんとなく飲んでいた晩酌のアルコールとお菓子をやめた。 夜更かしの動画も控えて、パックをして、寝不足に気をつける。 そして、デート当日…… 「美里さん、私服だと印象ちがいますね!俺の姉は2個上なんですけど、同い年くらいに見えました! 」 と言われた。 お世辞もあるだろうけど、嬉しかった。 デートは楽しかった。 スイーツをご馳走になり、ボードゲームやカードゲームのイベントに行った。 ほかのゲームもぜひやりましょう!と言われ、次の約束もした。 彼女にはならなくても、清水とゲーム友達でいられるのは良さそうだった。 ♢♢♢ 自分磨きにハマった私は、ヨガに通い始めた。 さらに食事も、安さや美味しさばかりでなく、体に良いものをバランスよく取るようにした。 気をつけていると、やっぱり体の調子がいい。 ファスティングにも挑戦したら、5キロ痩せられた。 今まで、知らず知らずにやっていた不摂生の影響を実感した。 「キレイになったね」 給湯室で宮本に言われて、ドキッとした。 お互い『ナシ』だから、はっきり言えるんだろう。 「本気出せば違うじゃん、やっぱり」 「まあね……」 「清水、お前のこと、好きみたいだよ」 「え? 」 「今回はお前の勝ちじゃない? 」 「……高河は……告白したの? 」 「俺はまもなくあいつの上司になる。火遊びはできないよ」 宮本は笑った。 宮本が清水を好きなのは、私なら見ててわかる。 宮本は、好きな子に笑いかける時、とても優しい顔になるのだ。 付き合ったら、本当に大切にしてくれそうだ。 「ご武運を」 宮本は、また勝手に話を終えて行ってしまった。 ♢♢♢ その後、私は清水から告白された。 そして、私は断った。 清水のことは、人として尊敬していた。 好きには違いない。 でも、自分磨きをした結果、自分は本当は誰と一緒にいたいかを、本気で考えたのだ。 宮本をコーヒーショップに呼び出した。 「清水と付き合えた報告? 」 宮本はニヤニヤしながら言った。 「そうじゃないんだな。あのさ、高河。とりあえず、私と結婚しない? 」 「……は?」 宮本はもちろん驚いた。 「お互いもう40歳だし、親がうるさくない?周りからも気を遣われるし、だからって、恋する相手も幅は狭いし。一回結婚しちゃえば、もっと自由に生きれるんじゃないか、って。」 「そうかもしれないけど……好きでもない相手と結婚なんて……何かあったとき、後悔するだろ」 「好きな人と結婚しても、きっと後悔はあるよ」 「…………」 宮本はコーヒーカップを見つめている。 「好きかどうかより、私は……高河との縁を感じるんだよね。腐れ縁だけど。高河はいつもいい男を好きになって、一生懸命恋をして、時に王子様をゲットして……。今回のお説教でね、私がいかにサボった人生だったかを、しみじみわかったわけだよ。それで気づいたんだよね、高河とこれからも一緒にいたい、って。自分を偽らずに喋れるのって、実は高河だけなんだよね」 私はいつの間にか、親と話すのを煩わしく思っていたし、職場では猫をかぶっていた。 清水とはゲームでは話せても、プライベートで気楽に過ごせる自信がなかった。 「結婚は……極端だけど、私と友達になってほしいな……」 変な告白だ。 恋人の段階をすっ飛ばしているのだから。 「……ちょっと、考えさせて」 宮本は、真面目に検討してくれるようだった。 ♢♢♢ 一週間後、『結婚に向けて動いてみましょう』とメッセージが来た。 業務連絡か! 思わず家の中で叫んだ。 気持ちが向かなくなったらいつでも辞めよう、という気楽な感じで話を進めた。 互いの家に挨拶に行くと大歓迎された。 そこでも適当に合わせることはできて、お互い問題なかった。 結婚式は挙げず、人生の記念に写真だけ撮ることにした。 新居を探し、生活やお金のルールを決めていく。 練習として、半年間宮本のアパートで同棲をしてみた。 案外どれもすんなりいって、ついに婚姻届を出した。 ♢♢♢ 結婚して一年後。 休みの日は家事をしたり、二人で出かけたりして、まるで本当の夫婦みたいになっていた。 「美里は、子どもは欲しくないの? 」 「え、どうしてそんなことをきくの? 」 「……俺もお前も、お互いに誰を好きか、不思議とわかるだろ。好みが似てるからってのもあるけど、態度とか目線とかでわかるんだと思う。最近、子どもをよく眺めてるなと思うんだけど」 たしかにそうだった。 独身の時は子どもに興味がなかった。 というか、リアリティがなかった。 でも、宮本と結婚して、徐々に宮本の子どもだったらほしいなと思うようになったのだ。 だが、あんなおかしなプロポーズをしといて、夜の営みを強制なんてできない。 仮に子どもが生まれたら、今より生活もお金も一緒にしなくてはならない。 きっと、負担が大きくなる宮本は嫌がるだろう。 「もう、歳だから、きっと無理だよ。私は宮本と二人の生活が楽しいから、今のままでいいよ」 言葉にしたら、ちょっと寂しくなった。 「……俺はさ、”男だから”って言葉でたくさん諦めたんだ。だから、美里が”歳だから”って言って諦めようとする辛さはわかるよ」 私は思わず泣いた。 私は、宮本の、そういう陰に寄り添うところに惹かれたのだ。 「俺も、美里と暮らしてみて、想像していたより楽しかったよ。だから、もし子どもができたら、それでもいいかな、って思えるようになった」 今度は、男女をすっ飛ばして、家族になろうとしている。 「たまたま、美里の方が、子どもを産める性別だったってだけだよ。俺は、美里という人間は好きだし、二人の子どもがいたらいいな、って思ってる」 ♢♢♢ あれから、運がいいことに一人子どもを授かった。 宮本は良き父になり、私は子どもの世話が案外苦ではなかった。 とりあえずで結婚した二人だが、どうにかなってしまった。 「美里さん、子育てで忙しいと思いますけど、たまにはゲームで一緒に遊んでくださいね」 そう言って清水が出産祝いをくれた。 私と宮本に愛された清水。 清水は、私たち夫婦にシェアされることになり、三人でよく遊んだ。 宮本の清水への眼差しは、やっぱり違う。 宮本がゲイであることは変わりなさそうだ。 でも、清水と浮気?逆に本気?はないようだ。 別に、してもいいんだけどね。 そこもひっくるめて、宮本が好きだからだ。 -完-

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