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第5話
「ああ、そうだね」
と宗吾さんは言う。
そんな事気にする淫魔だと、訝しまれたのだろうか。
それとも僕の我儘だと思われただろうか。
どちらにせよ、宗吾さんは興がそがれたらしくベッドのふちに腰かけて、それから「風呂に案内しよう」と言った。
「それとも一緒にはいるかい?」
一瞬間置いてから宗吾さんはそんなことを言う。
それが冗談なのか、そういうものを求めているのか僕にはわからない。
そんなことが分かるほど人間の事を僕はよく知らない。
知っているのはせいぜい数人の精液の味位だ。
だから何が正解だったのかは自分で答えながらもよく分からない。
「じゃあ、ご一緒してもいいですか?」
そう僕が聞くと、宗吾さんは大きなため息をついたことだけは事実だった。
案内された風呂は二人同時に入っても問題なさそうな広さだった。
宗吾さんが僕のシャツを脱がせてそれから手早く自分のスーツも脱いでいた。
宗吾さんの肩に入る刺青に目がいく。
黒で描かれているそれは蛇だろうか。
「暴力団員ってやつですか?」
淫魔を購入する人間にはそういう層も多いと聞く。
「いや? 単なる実業家ってやつだ」
それじゃあこの入れ墨はオシャレのために入れているタトゥというやつなのだろうか。
盃を誰かと交わしたことは無い。
はっきりと宗吾さんは言う。
「こんなものより――」
宗吾さんが俺の背中を撫でる。
それから尻尾の生え際より少し上を撫でる。
「あッ……」
思わず嬌声がもれて、手で口をふさぐ。
「君のこれの方がよっぽど美しいだろ」
二度ほど尾てい骨の上を撫でられて、熱い息がもれる。
何でも性的快楽に変換してしまう自分の体が恨めしい。
「尻尾がお好きなんですか?」
「尻尾? ……もしかしてここに浮かんでいる紋様を知らないのか?」
宗吾さんが何を言っているかよく分からない。
淫魔も混血が進んでおり、尻尾のある個体は少ないと聞いたことがある。
それ以外の文様については心当たりがない。
もう一度僕の腰を撫でると宗吾さんは「ここにピンク色の紋様が浮かんでいるよ」といって笑った。
自分の背中を見たことは無いし誰かに指摘されたことも無い。
そんなものがあることさえ僕は知らなかった。
サキュバスの下腹部に淫紋が浮かぶことがあると聞いたことがある。
それの一種なのかもしれない。
「さて、お風呂はいるんだろ?」
俺の背中をもう一度撫でて、僕が上ずった声を上げるのをみてから、宗吾さんはそう言って先に湯舟につかった。
「僕も入っても……?」
いつもは誰もいない時間にシャワーを浴びるだけで暮らしてきた。
「君が、ご一緒してもと聞いたんだろう」
宗吾さんは呆れたように答えた。
僕は眼鏡をはずすと作り付けの棚に置いてそろそろと浴室に入った。
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