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第29話

洋服はお店の人らしき人が、沢山持ってきてくれた。 試着をするという事で1枚ずつ袖を通す。 どれでも欲しいものを、と宗吾さんは言うけれど、結局自分では選べなかった。 尻尾用のデザインのズボンがこれほど色々な種類があると初めて知った。 世の中には尻尾のない人間用の服がほとんどだと思っていた。 それらは多分、どれも自分にはもったいない上等な物。 それなのに、宗吾さんは僕が選べないと気が付くと、気軽な様子で何枚もの服を選んでいた。 最初に思ったのは、この服に見合う働きを僕はたぶんできない事で。それから、どうやって断るかを考えた。 それとも彼は洋服を着せるのが趣味の様な人なんだろうか。 犬にかわいらしい恰好をさせて喜ぶ人がいるというのは聞いたことがある。 それに近い感覚なのだろうか。 誰かに見せたいと思っているから。という考えは自分の見目の悪さからすぐに選択肢から外した。 誰かに自慢できる存在ではない。 それにいかにも淫魔に着せる様なセクシーなものはほとんど持ち込まれていなかった。 手際よく服を選んだ宗吾さんは一組の上下を僕に渡す。 「とりあえず。これ着てでかけようか」 それから、どこから取り出したのだろうか、ブレスレットを僕にはめる。 「服は、好きに着ていいから」 だけど、これは絶対に外すな。はっきりと言われて頷く。 銀色のブレスレットは何となく高そうに見える。 これが好きか。は分からないけれど、言われたことすら守れないやつだとは思われたくなかった。 「わかりました」 服を売りに来た人達はそれ以外にいくつもの箱を家に搬入した後帰って行った。 これから二人で出かけるらしい。 買い物にペットを付き添わせる話は聞いたことがある。 「僕は、あなたのペットですか?」 彼は僕にそういうものを求めてるのかもしれないと思いいたる。 ペットを虐めて喜ぶ人は少ないし、人基準の美醜以外の感覚でかわいがる。 服を買い与えて、首輪代わりのブレスレット。 セックスをするペットが普通なのかは分からないけれど、僕にとってアレは食事だ。 餌を与えるのは飼い主の務めと思っているのかもしれない。 ペットを買う際にかかる費用を気にしない人も多いと知っている。 はっ、と宗吾さんが息を吐いた。 彼の瞳の瞳孔が一瞬ぶわっと膨らむ。 何か、おかしなことを言ってしまっただろうか。 犬が『俺って犬っすよね』と言い出したらおかしいか。おかしいのかもしれない。 僕の事だからおかしいって思わないだけで。 宗吾さんが困ったみたいに笑う。 喉の奥、消化器官の上の方が、ギリリとするような鈍い痛みを感じる。 犬は犬らしくしていた方がいいのかもしれない。 けれど、宗吾さんが次に言った言葉は全然予想していたものと違っていた。

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