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第42話
喉の奥の方が締まる感覚がして、上手く音として声が出せない。
呼吸はできているのに、唾が飲み込めない感覚がする。
まともに声も出ないのに叫びだしたい。
緊張で声が出ない時みたいに、声を出そうとすると震える。
「愛、なんて形、の無いものを本当に信じて、いるんですか?」
声がとぎれとぎれになる。
喉を震わせて声を出すたびに、涙腺が緩みそうになって必死にこらえる。
この人が嫌いなわけでも、怒っているわけでもないのに泣きそうになるなんておかしい。
だけど、瞼が涙であふれそうになる。
心臓がドキドキした。
自分の感情が上手く制御できない。
もしも、そんなもので補てんできるというのなら、今までの自分は何だったのだろう。
やるせないってやつなのだろうか。
ちょっと違う気はする。
だって、どちらにせよ愛なんて大層なものどちらにせよ自分がもらえる筈が無いのだから。
「うーん。一度自分の体についてちゃんと知っておいた方がいいかもね」
その人は僕を見てふわりと笑った。
「知っても、どうせ僕には関係ないことですよ」
宗吾さんも、僕に社会復帰のための訓練をと言っていたけれど、僕に必要な物なのか僕自身よく分からない。
「なんでそんなに自己評価が低いのかねえ」
不思議そうに、でも面白そうにハウスキーパーさんは言う。
自己評価が低いと言われてもピンとこない。
自分の存在がくだらないものだとは思っているけれど、それは事実でしかなくて、気の持ちようで何とかなるような話ではない。
「未だになんであの人が僕を買ったのかさえよく分からないのに、何に縋れば自分がまともだと思えるんですか」
声は相変わらず震えていて、ついにぼろりと涙があふれた。
「え? か、買った!?」
驚いた様にその人は言った。
半ば叫んでいるように聞こえた声にこの人は知らなかったのかと思った。
それで次の瞬間口にしてしまったことを後悔する。
宗吾さんが言っていない事を僕が勝手に漏らしてしまっていいとは思えない。
「あ……、ちが、違う……」
どうすればいいのか分からない。
なんて言い訳をしたらいいのか。
言ってしまったことを元に戻すことはできない。
勘違いって事にしてくれる方法は無いのか。
「大丈夫」
最初に言ったでしょ。何話してもいいって。
だから大丈夫。
ハウスキーパーさんがずっと何かを言ってくれているのに上手く頭の中でそれを処理できない。
あの人に、宗吾さんに、なんて言って謝ればいいのか分からない。
ぼろりとまだ涙があふれてしまった。
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