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第56話
それから自分が何度達したのか分からない。
宗吾さんが僕の中で出した回数は五回ほど。
それだけは、取り込めない栄養をそれでも体が取り込もうしていたから分かる。
激しい快感に頭も体も追いつけなくなって、ぐったりとベッドに投げ出した体でゼイゼイと息を吸って吐く。
「水もいらないんだっけ?」
コップに入った水を差しだされて宗吾さんに言われる。
脱水症状というやつになることは無いと思う。
今も喉は渇いていない。
僕は人間と比べて食欲と性欲がひっくり返っている様な生き物だ。激しい食事をしてその後に何かを食べたいとは思わない。
というよりも、体中についていた体液を綺麗に拭われて、心地よい疲労感に包まれていて今日はもう何もいらない気分だった。
体の芯までジンと熱い様な、それでいて満ち足りている様な不思議な感覚だった。
「刺青は一族の証なんでしたっけ」
上半身だけ裸のままタオルを首にかけた宗吾さんに聞く。
「ああ。助け合うための証だよ」
宗吾さんは自分の二の腕を見つめて言った。
「俺たちは、いまわの際で見たいのは妻の姿でも無く、子の姿でも無く、執着している物だから。
病室に金魚鉢を持ち込みたいって相談されても普通困るもんなんだよ」
そういう時、一番手っ取り早いのが病院自体を自分たちで経営することだろ。
そうやって、一族内で協力し合ってるその証だよ。
今まで必要だと思わなかったけど、もし俺に何かあった時最期に見るのはやっぱり君の姿がいいな。
宗吾さんが笑顔を浮かべる。
僕は今までに誰かにこんな風に言われたことは無かった。
最期の瞬間に立ち会う誰か一人に僕を選んでもらえた。
それは、子供の頃に買った指輪や、金魚鉢やそういうものに対する執着と同じものだと言われたけれど、それでも特別な何か一つだけのものに選んでもらえたのは確かなのだ。
心臓がドキドキとする。
それは、少し前に宗吾さんと一緒に食べたチョコレートの様に甘くて少しだけ苦い、そんな感情だった。
「……宗吾さんの執着が『性経験の無い淫魔』じゃなくてよかったです」
彼の執着は今も続いているらしいので、良かった。
少なくとも処女であること以外価値が無い生き物だと思わなくても済む。
自分の心臓の音を紛らわせるように言う。
「那月はペットじゃないし、俺は動物に欲情はしないけど、だけどこれだけははっきりと言えるよ」
宗吾さんはベッドサイドに腰掛けたまま、寝転ぶ僕の髪の毛をそっと撫でた。
「俺は、君がいないと生きていけないし、君のためなら死ねる」
その言い方が切ない位優しくて、不思議と涙が溢れる。
けれど、それが嫌じゃなくてぼんやりと、宗吾さんの触れる感触を確かめながら瞳を閉じた。
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