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第57話

僕はものをよく知らないし、世界の事も分からない。 だから、世界を綺麗だと思ったことも無かった。 視界が昨日までよりもほんの少しだけキラキラと輝いている気がする。 宗吾さんから貰った、雪の結晶の本の写真も美しくキラキラと輝いているし、彼に買ってもらったマグカップも特別な物の様に思える。 多分僕の中で何かが変わってしまった所為なのだろう。 それが何なのか僕にもよく分からない。 けれど、それを嫌だとは思っていない。 不思議な感覚だった。 宗吾さんの帰ってくる時間になるとソワソワする。 彼の指先を目で追ってしまう。 彼が、出かけるときに「いってらっしゃい」と見送る。 その瞬間の感覚が変になってしまった。 ◆ 「あはははは」 ハウスキーパーさんは面白そうに笑っている。 まさに、腹を抱えるみたいに笑っている。 けれど、彼は何かが分かっている。そういう風に見えた。 「マグカップが特別に見えるのかい?」 「はい」 「じゃあさ……『宗吾さん』の特別である君は、君自身からどう見えてる?」 ニヤニヤと面白そうに笑ってハウスキーパーさんは言った。 一瞬言っている意味がよく分からなくて、口の奥で今彼の言った言葉を反芻した。 僕は僕の事をどう思っているのか? それはとても不思議な問答に思えた。 だって、僕は……、僕は。 「でも、君は彼の特別なんだろう?」 まるで僕の考えていることが分かっているみたいに、ハウスキーパーさんは言った。 「彼の特別は、つまらないものなのかい?」 もう一度ハウスキーパーさんは言った。 そう言われて僕は自分の手を見る。 一時期に比べて血色がよくなった自分の手が瞳に写る。 「鏡でも持ってこようか?」 首を振った。 なんとなく、美醜の問題を話しているのではない気がしたからだ。 顔を見たってさえない顔をした自分が写ってることは知っている。 それにここに来てからは宗吾さんに買ってもらった眼鏡があるからなんでもよく見える。 だから毎日自分の顔もちゃんと見ている。 「なんで僕が彼の特別になってしまったんでしょうか?」 「さあ?」 どうでもよさそうにハウスキーパーさんが言った。 「今君にとって考えなきゃいけないのは君自身のことだと思うよ」 あのバカは莫迦で、何かしら考えてるだろうし。 あれのことより、まず君自身のことを考えてみよう。 「それとも、自分がこうだったらいいなっていう理由でも、あるのかい?」 僕は何も思い浮かばなかった。 宗吾さんが僕の何を特別だと思ってくれたのか。 なんでこんなに世界がキラキラとしているのか。 僕は僕の事をどう思っているのか。 自分はどうなりたいと思っているのか。

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