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デートしたいのはあなたなのに2
「お疲れ。これでも食べるといい」
車に乗り込むと颯矢さんが、あんドーナツをくれた。
「わぁ。ありがとう。甘いもの欲しかった」
「今朝は早かったから、疲れているだろうと思って買っておいた」
俺は甘党で、疲れると甘いものが食べたくなる。その中でもあんドーナツは、今、俺の中でブームが来ている。粒あん、こしあんどちらでもOKだ。
あんドーナツはパン屋さんでも売っているくらい、どこででも売っているような食べ物だけど、店によって全然違うのが面白い。
今日のあんは粒あん、こしあんどっちだろうか、とあんドーナツにかぶりつく。今日のはこしあんだった。
「ん〜。美味しい。やっぱりあんドーナツは正義だね。颯矢さん、ありがとう」
「どういたしまして。少しは疲れが取れるといいんだが」
「あんドーナツ食べて、母さんの顔見たら大丈夫」
「お母さんも食べられるかわからないみたいだけど、買ってあるから、持っていくといい」
「ありがとう」
俺が甘党なのは絶対に母さん譲りで、元気なときはよく2人でケーキビュッフェに行ったりしていたほどだ。
ケーキビュッフェは若い女の子がメインだから、それよりも年上の母さんも浮くし、それよりも性別男な俺はもっと浮く。
それでも、美味しいスイーツは食べたい、とばかりに親子で行っていた。また母さんと行きたいのにな。なんで白血病なんて。
でも、白血病だって治る人はいるんだ。それなのに、なんで......。
俺は暗いトンネルの中に入りそうになっていた。それを留めたのは颯矢さんだった。しかし、嬉しい言葉でではないけれど。
「その雑誌見てみろ」
片手で俺に差し出したのは週刊誌だ。スッパ抜きなんかをよくやっている。でも、そんな週刊誌を颯矢さんが持っているというのは珍しい。そんな颯矢さんが持っているということは……。
週刊誌の表紙をよく見ると、『城崎柊真、|三方《みつかた》亜美と熱愛か! ドラマの合間にデートを重ねる』と書いてある。
俺と亜美さんが熱愛? どこからそんなの出てきたんだ?
「何、これ」
「そこに書いてある通り、お前と三方さんが熱愛中だ、という記事だ」
「どこからそんなの出てくるの」
「記事読んでみろ」
颯矢さんに促されてページをめくる。そこに書いてあるのは、ドラマで共演中の俺達が、撮影の合間に食事に行ったり、相手の部屋に行ったりとデートを重ねている。というものだった。
「俺、亜美さんと食事なんて行ったことないよ。もちろん部屋も。どこに住んでるのかさえ知らないよ」
「確かにな。その写真を見ると、先月、何人かで食事に行っただろう。そのときのものだ」
颯矢さんの言う通り、先月、監督さん、裏方さん、数人の共演者の方達と焼肉に行ったことがある。写真をよく見ると、確かに行った焼肉店に間違いない。あのときは颯矢さんも一緒だった。
「しかし、2人で一緒のところは撮れなかったらしくて、三方さんが先に入って少し経ってから俺と柊真が入ったときのものだ」
「なんでそんなので熱愛中になるんだよ」
「撮影現場ではよく一緒にいたりするからな。それでだろう」
「そんなので熱愛中なんて言われたら、俺、何人と熱愛してることになるんだよ」
「それを俺に言われてもな。ただ、週刊誌側が撮影現場もチェックしていることは間違いないから、そこを気をつけるしかない」
「でも、無視するのも変だし、話しちゃうよ? 相手役なんだし」
「そこなんだよな。話をする分には構わないと思うが、2人きりになるのは気をつけろ」
「わかった」
全然わかってないけど、そう返事するしかない。スッパ抜いた、というよりありもしないものをでっち上げた、という嫌な記事だ。
だけど、この世界、この手のでっち上げは結構ある話だ。亜美さん、話しやすくて楽しいんだけどな。
「今、このドラマは注目されているし、柊真も三方さんも注目されている2人だ。そんな2人が共演というから話題にはなるんだろう」
「でもさ、熱愛のねの字もないのに」
「仕方ないさ」
「ねぇ、この記事見てさ、颯矢さんどう思った?」
「どうって?」
「柊真は俺のだ、とかさ」
「柊真は俺がマネージメントしてるタレントだ」
そう言い切る颯矢さんに、小さくため息をつく。そうじゃないのにな。
「俺が熱愛したいのは、亜美さんじゃなくて颯矢さんだよ」
「ああ、そうだな」
俺の言葉に颯矢さんは、適当に受け流す。
そうなんだ。俺が好きで熱愛したいのは颯矢さんだ。もちろん、絶賛片想い中だけど。
俺は、たまにこうやって告白するけど、その度に流される。
ねぇ、颯矢さん。俺が好きなのは颯矢さんだけだよ?
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