8 / 43

失恋さえできない4

 居心地がいいな、と思う。店自体はそんなに静かというわけではなく、かと言って騒がしいわけではない。お客さんも、この時間だからか変に酔っ払っている人もいない。みんながそれぞれにお酒を楽しんでいる風だ。  セクシャリティーも色んな人がいるっぽくて、ちょっとカオスだけど、それが面白い。俺はどっちに見えるんだろう? ゲイ? ノンケ? バイ?  そして実際のセクシャリティーを考えてみるけど、セクシャリティーなんて関係ないと気づく。ゲイとかバイとか関係なく俺はただ、颯矢さんが好きなだけだ。  そう。失恋さえもさせてくれない颯矢さんのことが好き。  颯矢さんは優しいけれど、失恋さえもさせてくれないっていうのは、優しくはない。  もしかしたら颯矢さんは、俺が本気で言ってるとは思っていないのかもしれない。だとしたら失恋さえもさせてくれない理由はわかる。  本気なんだけどな。それは伝わっていないのだろうか。  その颯矢さんは、今どこにいるんだろう。  きっと今頃は、見合い相手の女性と一緒にいるんだろう。ということは、失恋と同じなのだろうか。  だとしたらやけ酒したいけれど、残念ながら明日も撮影がある。だからあまり呑む訳にもいかない。今日はお酒を楽しむだけの日だけど、気持ちは全然楽しくない。颯矢さんのことを考えたくなくて来たけれど、結局は颯矢さんのことを考えてしまう。馬鹿としか言いようがない。  そう考えて、ため息をひとつついた。  お見合いってどれくらい時間がかかるんだろう。お見合いはもう終わっただろうか。撮影が終わって俺を事務所に送った後に行ったから、時間的には早い時間だ。だとしたら、もうお見合いも終わって家に帰っただろうか。それともまだお見合い相手の女性と一緒にいるんだろうか。  お見合い相手とは結婚するんだろうか。颯矢さんは今、32歳。結婚してもおかしくない歳だ。  颯矢さんが結婚すると言ったら、自分は祝えるだろうか。「おめでとう」って言えるだろうか。言えないな、と思う。  こんなに颯矢さんのことが好きなのに、「結婚おめでとう」なんて嘘でも言えない。役者だろう、とは思うけれど、こんな役、とてもじゃないけれど演じられない。  いつかは、「おめでとう」と言わなきゃいけないと思う。でも、それは自分の気持ちをある程度整理してからじゃないと無理だ。今はその時じゃない。  そのいつか、はいつくるんだろうか。今はその想像さえできない。それくらい颯矢さんのことが好きだ。  あぁ、ダメだダメだ。颯矢さんのことを考えたくなくて来たはずなのに、結局は颯矢さんのことばかりを考えてしまっている。  こんなに颯矢さんのことが好きなのに、肝心の颯矢さんには伝わっていないと言うのが悲しいし切ない。  そんなふうに颯矢さんのことを考えていると、店は少しずつお客さんが増えてきた。あまり人が多いと身バレする可能性もあるので、そろそろ帰った方がいいかもしれない。そう思い、お金を払い店を出た。

ともだちにシェアしよう!