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失恋さえできない5

「もう明後日にはタイに行っちゃうんだね。寂しいな。連休のとき行くね。3連休なら1日有給取れば4連休になるから、なんとか行けるし」  雰囲気の良いレストランのテーブルの上のキャンドルが泣きそうな南の顔を揺らす。 「うん。待ってるよ」 「航も日本来てね」 「日本のお正月のときは来れないけど、ソンクラーンのときは来るから」 「うん。待ってる。でも、こうやって会えなくなるの、寂しいよ」 「俺も寂しいよ」  俺がそう言うと南の頬に一筋の涙が溢れる。その涙が俺の心を抉る。 「浮気しないでね」 「しないよ。南だけだ」 「うん。たまには電話ちょうだい。LINEだけじゃ寂しい」 「わかった。電話するよ」  南の小さなお願いに一つ一つ頷く。 「カットー!!はい。今日はここまでです。お疲れ様でしたー」  監督のカットの声で、南役の亜美さんが笑顔になる。涙を流して泣いていたのに、それは嘘だったかのような笑顔だ。女優さんってすごい。特に亜美さんは演技力があるから余計だ。 「お疲れ様でした」 「お疲れ様です」  亜美さんや監督、裏方さんに挨拶をして控室へ行く。今日はこれで仕事も終わりなので、帰りに母さんのお見舞いに行く予定だ。  面会時間は短いけれど、なにがあるかわからないので、行けるときには行っておきたいから。  控室のドアノブに手をかけたところで、声が漏れ聞こえてくる。颯矢さんの声だ。 「――うすぐ、海外ロケなので。ええ。そうですね、ロケから帰ってきたらお会いできる日を調整します。ええ、ええ。香織さんのご都合のよろしいときにでも。お土産も買ってきます」  香織さん?  って誰?  お会いできる日って何?  都合のいい日って何?  お土産を買ってくるって何?  電話の相手はきっと先日お見合いをした相手だろう。電話する関係になったんだ。そう思うと、邪魔をしてやりたくて、乱暴にドアを開けた。 「ああ、じゃあまた連絡します」  俺がドアを開けると、颯矢さんは慌てて電話を切った。 「撮影、終わったのか」 「終わったよ」  撮影見てなかったからわからないんだろ。そう思うとイライラしてきた。俺の撮影風景よりもお見合い相手と電話する方を取ったんだろ。  「今日はどうする。マンションまででいいのか? 病院に寄るか?」 「病院。あ、その前に病院近くのケーキ屋さん」  このイライラは美味しいスイーツでも食べないとやってられない。ついでに母さんにも買って行ってあげたい。 「食べ過ぎるなよ」 「関係ないだろ!」  仕事中に香織さんとやらと電話するくらいなんだろ。俺の撮影を見もせずに。そう思ったから、つい乱暴に言ってしまった。 「柊真?」  こんなふうにイラついて声を荒げたことは今まで一度もないので、颯矢さんはびっくりして俺を見ている。 「ごめん。今、苛ついてる」  俺が謝る必要あるのか? 撮影中とは言え、仕事中に私用の電話してたのは颯矢さんの方なんだから。そう思うと余計にイライラが増す。  そんな俺を見て、颯矢さんは眉間にしわを寄せる。 「何かあったのか? あったのなら……」  ほら。撮影見てないからわからないんだ。 「何もなかったよ! 見てないからわからないんだろ!」  乱暴に衣装を脱ぎ、私服に着替え、メイクを落とす。いつもなら、撮影中のこととか色々話すけれど、今日は何も話さない。話したくもない。  俺個人に興味はなくとも、俳優・城崎柊真は見てくれていると思ってた。でも、そうでもないというのがわかって、苛つくやら寂しいのやら感情がぐちゃぐちゃで、涙が出てくる。  さっき亜美さんが泣いていたのは演技だけど、今俺が泣いているのは演技でもなんでもなく、リアルだ。 「柊真。何かあったんだろう? 俺に話せ」  話せるわけないじゃないか、颯矢さんのことなんだから。それとも言えば俺を見てくれるの? 俳優・城崎柊真は見てくれるのか? 撮影中に電話なんてするなよ、と言えばいい? でも、そんなことを言うのも悲しくて、俺は泣くだけで何も言えなかった。   こんなときに病院へ行けば、母さんは何かあったと思って心配するけれど、数日後からはロケでタイへ行くから、その前には行っておきたい。病院までの車の中で泣き止まなければ。 「放っておいてよ」 「柊真!」 「車、回して」  颯矢さんは、俺がなんで泣いているのか聞きたそうだけど、言えるわけもなくて、俺は颯矢さんの言葉を無視する。明日には、いつも通りの俺になるから、今は放っておいて欲しい。

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