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あなたしかいない2

「高級感溢れるフランスやベルギーのチョコレートに負けないチョコを目指しています」  撮影現場に入り、商品の概要を聞く。庶民的なチョコレートではなく、高級感溢れるリッチなチョコレートを目指したようだ。なので、撮影現場もロココ調の家具にコーヒーカップとリッチ感が溢れている。 「わかりました」  だから、笑うと言うよりは微笑むと言った方がCMのイメージに合うだろう。 「では、いきまーす」  俺は窓際に立ち、手にしたコーヒーカップをテーブルに置き、今度はチョコレートを手にし、口に入れる。  窓の外を見る顔は、優しく微笑んでいる。 「カットー! 確認はいりまーす」  自分でも、どんな風に映っているのか確認をする。もう少し視線を部屋の中寄りにした方がいいかもしれない。そう思うと、監督も同じことを思ったようで、視線をもう少し部屋に寄せたように、と指示をされた。 「では、もう一度いきまーす!」  俺は視線に少し注意をしながら、先ほどと同じように手にしていたコーヒーカップをテーブルに置き、チョコレートを手にし、口に入れた。 「確認はいりまーす」  もう一度、今撮った映像を確認する。 「うん、こんな感じだね。じゃあ本番行こうか」  監督が気に入ったようなので、もう一度先ほどの視線の角度だけ注意して同じ動作を繰り返す。 「カットー! 本番OKです! お疲れ様でしたー!」  集中して撮ったので、現場入りから撮影終了まで予想よりも早く終わり、結果かなり巻いた。  控室へ向かおうとしたところで、端で腕を組み、じっとこちらを見ていた颯矢さんが目に入った。撮影を見ていたみたいだ。 「お疲れ様。集中してたから早く終わったな」  控室へ向かいながら言われた。  言葉から、恐らく最初から見ていたのだろう。マネージャーが撮影を見ていた。そんな当たり前のことだけど、撮影中に香織さんに電話をしていたことから考えると、嬉しく感じる。  ずっとこうだった。颯矢さんがお見合いをするまでは、こうやって颯矢さんは現場の片隅で腕を組んで撮影を最初から最後まで見ていた。俺はそれを知っていたから、褒められたくて集中して仕事をこなしていた。  なんであのとき、撮影中に電話なんてしていたんだろう。こう言ってはなんだけど、仕事をサボっていたのと一緒だ。あのことがなければ俺は颯矢さんとの間に壁なんか作らなかったし、きっと母さんが死んでも海外に行こうとは思わなかっただろう。  正直なところ、颯矢さんがいくら今日はマネージャーとしての仕事をこなしていたところで、バンコクへ行くことは変わらない。  それでも、2年の休暇前の最後の仕事としては、いい仕事をしたと思うし、颯矢さんにいいイメージを残すことができたと思う。  もう、厳しいマネージャーとしての颯矢さんを見ることはない。そう思うと寂しい。ずっと仕事には厳しいけれど、それでも優しい颯矢さんだったから好きだった。  だけど、もうこういう時間を持つことはない。帰国後のマネージャーは氏原さんにお願いすることに決まっているから。 「出来、どうだった?」 「ああ、良かったよ」 「ほんと?」 「ああ」 「良かった」  良かったと言って貰えた。颯矢さんにとっての城崎柊真は最後にいい仕事をした。そう植え付けられただけでいい。  今度颯矢さんに会う時は、颯矢さんへの想いを決別した俺だ。いや、マネージャーじゃなくなったら、ほとんど会わないだろう。  颯矢さん。好きだよ。城崎柊真はいい仕事をする俳優だった。そう記憶していて。 「早く終わったけど、今日も買い物は行くのか?」  最近は、仕事が早く終わるとバンコクへ行くのに持っていくものを買い揃えるためにショッピングモールで降ろして貰っていたから、今日もそうだと思ったのだろう。 「ううん。もう大丈夫。揃ったから」 「……」  颯矢さんがなにか言いた気に俺を見ている。なんだろう? 「バンコクへは……」  ん? バンコクへは、なに? 「バンコクへは旅行だよな? なのになんで帰国日が決まってないんだ?」  今日のこのCMの仕事が終わったらバンコクへ旅行へ行く。これが颯矢さんに伝えていることだ。バンコクへのフライトスケジュール、滞在ホテルは知らせてある。なにかあったときようだ。でも、それにはバンコクからのフライトスケジュールはない。だから、訝しんだんだろう。 「オープンチケットだから、向こうで予約する。少しゆっくりしたくてさ」  ほんとは片道チケットしか購入していない。だから帰りのフライトスケジュールがないんだ。 「そうか……」  どこか釈然としないのだろう。そんな顔をしている。  もういいじゃん、俺のことなんて。颯矢さんにとってマネージするだけの俳優なんだから。俺なんて仕事の顔しか見せない相手なんだから。  そう思ったら悲しくなってしまった。でも、それももう今日で終わりだ。 「颯矢さん。ありがとうね」 「なにがありがとうなんだ」 「んー今まで。厳しかったけど優しくもして貰ったから」 「まるで最後みたいな言い方するな」  最後みたいって、もう最後なんだよ。 「そうだね。ごめん。でも、ありがと。言いたかったから言っておく」  颯矢さんへの最後の言葉だった。

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