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あなたしかいない3
バンコクへ行くのは平日に予定している。
土日だとフライトも混み合うし、そうなると城崎柊真だとバレそうで、あえて平日にした。
そして、今日は日本最後の日。仕事は昨日のCM撮影が最後だったから、今日はオフだ。
夜はしばらく会えなくなるからと、俳優仲間と食事の約束をしている。その前に、ファンレターが届いているだろうから事務所へと行った。
「浅川さん、おはようございます」
「あぁ。柊真くんおはよう。ファンレター、またいっぱい届いてるよ」
「ありがとうございます」
「それより、しばらく海外へ行くんだって?」
「あ、はい。だからしばらく受け取りに来れなくて」
「まぁ、戻ったときにでも取りに来て」
「はい。そのときにはお土産持ってきます」
「うぉー。ありがとう。でも、いいなぁ海外。最近行く暇がなくてさ」
仕事が忙しい、という浅川さんの愚痴を聞いていた。
確かに、事務室に来ると、いつも電話が鳴っているような感じだし、ざわざわしている。それは仕事が忙しいだろうことは推察できる。
「俺もなかなか海外行く暇なくて、仕事以外で行くのは実は初めてだったりします」
「あー。柊真くんじゃ、俺なんかと比べ物にならないくらい忙しいもんな。じゃあ、ゆっくりしてきなよ。でも、お土産は忘れないでね」
「忘れませんよ」
浅川さんはいつも話していて楽しい。
「じゃあ、行ってきます」
「うん。行ってらっしゃい。気をつけてね」
「はい」
そうして、浅川さんからファンレターを受け取り、エレベーターへと行く途中の給湯室で話し声が聞こえた。
「壱岐さん、結婚近いみたいね。さっき廊下で話してるの聞こえちゃった」
「えー。いいなぁ。美人なんだろうね、きっと」
「わかんないけど。でも、結婚近いなら独身の壱岐さんの見納めか」
「結婚したってしなくたって眺めてるだけだけどね」
「でも、相手の人羨ましいー」
どうもこの給湯室はおしゃべりの場になっているらしく、来るたびに色々な情報が耳に入ってくる。もっとも最近は颯矢さんのことばかりだけど。
そっか。結婚近いのか。そうだよな。颯矢さんが入院中は結構、お見舞いに行ってたみたいだし。記憶が戻ったことも看護師さんから聞くくらい行っていたっていうことだ。結婚間近なのは間違いないだろう。
俺がバンコクへ行っている間に結婚しているだろう。普通、マネージャーが結婚するときはタレントも参列するけれど、俺はそういう話は聞いていない。
そっか、結婚式には来るなっていうことか。
やっぱり帰国後のマネージャーは氏原さんに変えて貰うことにしたのは正解だったな。そんなに颯矢さんに嫌われてたとは思わなかった。
昨日の颯矢さんを見ているとそんなふうには思えなかったけど、取り繕っていたっていうことなんだろう。どうでもいい。もう俺には関係のないことだ。そう思ってエレベーターに乗った。
ファンレターは結構な量があったし、時間はあったから一度家へ戻る。頭の中は先ほど給湯室前で聞いたことでいっぱいだ。
俺がバンコクへ行くのは2年間。きっとその間に颯矢さんは結婚するんだろう。完全に人のものになってしまうんだな、と思うと悲しくて涙が出た。
ずっと好きだった。何度も告白した。一度もまともに聞いてくれたことなかったけど。それでもずっと好きだった。でも、もうその気持ともさよならだ。颯矢さんへの気持ちと決別するためにバンコクへ行くのだから。
さよなら颯矢さん。幸せになってね。
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