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第4話 犬耳幼子と白い青年 ④
まったく嬉しくない祝福をされたが、色んな感情で震える手で湯呑を受け取る。
緑色に濁った水面に、竹くずのようなものがぷかぷか浮かんでいる。なんだろうこれは。
ただの茶柱だが、青年にその知識はなかった。
首を傾げながらもそれをゴクリと飲むと、とたんに強烈な喉の渇きを自覚した。何日も飲み食いしていなかったかのような。
がぶ飲みしたい衝動に駆られるが、
「あっつい!」
一気飲みできない。俺ってこんな大声出たんだと片隅で思いつつ、湯呑を畳に置いてひーひーと舌を出す。すると、お子様が顔を覗き込んできた。
お互いの鼻先がくっつきそうな距離に、青年は思わずのけ反る。
「おわっ」
「なんだい、これが熱いのかい? 猫舌? ははぁーん。さてはお前さん猫妖精だろう……いや。違うな」
自信満々に言った割に、即否定した。残念と言いたげに首を振っていてわけがわからない。分からないこと続きで、頭が痛くなってきた。ぶつけたとこじゃない個所が痛い気がする。
「え、何? 猫?」
「じゃねーな。猫妖精は瞳孔が縦長だし。お前さん、尻尾もなかったしな」
獣耳のお子様は懐から白い棒のようなものを取り出すと、ぱくっと口に銜えた。人差し指くらいの細長さなので葉巻かと思ったが、火をつける様子はない。
しかし葉巻のようにほうっと息を吐くと、目を細めた。
「で、お前さんはなんだい? 僕はニドルケ。見ての通り赤犬族さ」
しゅるりと三角巾をほどくと現れる、黒い三角の耳。帯の下からは箒のようなふさふさが畳の上に伸びている。
顔や身体は毛に覆われていないし、手にも肉球らしきものはない。ぱっと見では犬要素は耳と尾くらいしかない。
こちらを警戒しているのか耳はピンと立っているし、尻尾の毛も半分ほど逆立っている。
目つきも鋭く睨みつけてくるのだが、なんというか。
――な、撫でまわしたい!
座っていてもお子様の方が背は低いのに、見上げるように睨まれてもちっとも怖くない。むしろ、顔が緩むのを堪えなければならなかった。
血が出そうなほど下唇を噛んで、青年はとりあえず笑みを作ってみる。怪しくないアピールをして警戒を解いてもらおうと思っての行動だが、何故かお子様は露骨に顔を強張らせた。
「俺は……ふ、フロ、リアです。フロリアと申します」
「なんで二回言った?」
ニドルケは手の中の白い棒を弄びながら、「フロリア、ねぇ」と呟く。
フロリアとは、雑草の一種だが白い可憐な花を咲かせるので、抜くときに一瞬躊躇してしまう植物の名だ。ニドルケの畑の周りにも、点のように白い花が咲いている。
フロリアと名乗った生物の体毛(髪)は真っ白だ、恐らくこの毛を指しての名前なのだろう。「小さい花」の名にふさわしくない長身だが、こやつの種族の中では小さい方なのかもしれん。
それと、姉ちゃんの名前と似ているな。
で。
「それだけかい?」
「へ?」
わんこ……じゃなくてニドルケの質問の意図が分からず、まじまじと見つめてしまう。
呆れたように犬耳の幼子はため息を吐く。
「名乗りは種族名も合わせて言うのが礼儀だろう? それともなんだ? 答えられんような上位種なのかい?」
礼儀を無視して名乗らないやつも、残念ながらいる。天鳳(てんほう)族という美しい翼を持つ種族で、見事に自分たち以外を見下しているため、名乗りすらしない。
思い出したら腹が立ってきたが、彼の背に翼はない。
ようやく意味が分かったような顔で、フロリアは実にさらっと言った。
「人間です」
――チッ。
ニドルケはたまらず舌打ちした。不思議そうな顔をするフロリアから視線を外し、険しい顔で丸窓に目を向ける。
最悪だ。よりにもよって人族とは……。
奥歯を噛みしめると、白い棒にパキッとヒビが入った。
かつて、世界を滅亡寸前にまで追いやった、悪名高い種族。嫌われすぎて、世界から消えろと願われて。ある日突然、ぱったりと姿を消したとかなんとかかんとか。
おとぎ話で語られる存在。都市伝説気味に生き残りがいるとは聞いていたが、ニドルケは見たことがなかったので勝手に滅んだと思っていたら。
こんなところにいたわ。
吐き気を堪えるように口元を押さえる。
(人族かよ! どうする? 見なかったことにして、元居た場所に捨ててくるか?)
それがいい気がする。
姉に読んでもらった物語の中でも、「死に神と疫病神の雑種」とか「世界中の悪を一塊にした邪悪」とか好き放題書かれていた種族だ。はっきり言って関わり合いたくない。
今すぐポイ捨てして、今日の記憶を消してしまいたかった。
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