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第12話 魔九来来 ②

 作業しながらもあれこれ教えているうちに、昼が終わり時刻は夕方へと差し掛かった。 「ふぅ……」  気温も昼よりは下がったように思う。  手ぬぐいで口元に流れた汗を拭き、「二人分」の農具を持って宿へと引き上げる。すると、水を飲みに行ったっきり戻ってこなかったフリーが、軒下で座り込んでいた。肩で息をし、ニケがそばにきても顔を上げる様子はない。  呆れて腰に手を当てる。 「お前さん、体力無いにもほどがあるだろう。堂々とさぼるとは良い度胸だ」  声をかけると、フリーは今ニケに気づいたと言わんばかりに顔を上げる。かなり緩慢な動きで。 「……ニケ? あ、ごめん。座ったら動けなくなっちゃって」  顔は泥だらけで、無理やり作った笑みにも力はない。横になれば一秒で眠るだろう。 「ったく」  農具を仕舞うと、水を溜めておく甕から水をくみ上げる。満杯になった桶を持って行くと、フリーに躊躇なくぶっかけた。 「いやあー! 冷たいっ」 「おう。凍光山の雪解け水だ。目が覚めるだろう?」  鉄板に乗せられた魚のように跳ねるフリーを見て、ニケはニヤニヤ笑いながらも……ホッとした。 (ん? 何故ホッとしているんだ?)  桶を持っていない手で胸を押さえる。よく分からないが、元気のないフリーを見たら、言いようのない気持ち悪さに襲われたのだ。  ――きっと、普段煩い奴が静かだったからだろう。それだけのはずだ。  そう結論付け、これ以上考えるのをやめた。  地面にへばりつくフリーの尻を蹴る。 「おい。晩飯にするぞ。手伝え」 「飯?」  現金にも活力を取り戻したフリーが飛び起きる。 「お、お米?」  そうとう米が気に入ったようで、乙女のように両手を合わせてニケを見てくる。  そんな従業員に、ニケは優しい笑みを浮かべて告げた。 「違うが?」  地に手をつくフリーに、フンっと鼻を鳴らす。  白米は高級品だ。毎食食っていたら財布が苦しくなる。朝食に出してやっただけ、ありがたく思うがいい。  涙ぐむフリーの襟首を掴んで、山道を下っていく。  たどり着いた場所は、幅の広い川だった。ここはぎりぎり夏エリアの範囲内にあるが、上流付近は吹雪いているので、雪解け水が絶えず流れている。  そのため透明度が高く、深い場所でも川底の石がはっきりと見える。 「おお……」  大いなる水の流れに、感動した風情だった。川とか初めて見るのかもしれない。  見入っているフリーの尻を叩いて、命令を出す。 「おい。いいか? なるべく大きな石を拾ってこい。両手で抱えられるくらいがベストだ」 「石? 何に使うんだ?」 「ん? だから飯にすると言っただろうが。見つけたらこの辺に持ってこい。僕はあっちを探す」  いやあのだからなんの用途に使うのかを教えてほしいんですが……。フリーの疑問は無視された。  てくてく遠ざかっていく犬耳に諦め、フリーは石を探すために周囲を見まわす。  ややあって見つけた石を苦労して運ぶと、目的地にてニケが座っていた。その足元には大きな石が三つ。そのうちの一つに腰掛け、いつぞやの煙草のような白い棒を銜えている。  自分が一つの石でひぃひぃ言っている間に、三つも運んでいたのか。 「ニケは力持ちなんだな」 「お前さんが非力なんじゃないのか?」  白い棒を仕舞うと、ニケは小さな手で石を持ち上げた。枕でも持ち上げるような軽々さに、フリーは素直に感心する。  三つの石をカタカナの「コ」の字になるように並べ、その上に比較的平らな石を置くと、かまどのようなものが完成した。 「これは?」 「姉ちゃんに教えてもらったから、正式名は知らん。鉄板焼きならぬ、石焼きと言ったところか。むう……。聞いておけばよかったな」 「そっか」  コの字かまどの中に燃えやすい細枝や枯れ葉を詰めると、さっきの白い棒を取り出した。 「あ。それ……。気になっていたんだけど、その白い棒。何?」 「ん? 白い棒同士、気になるか?」 「おおおおおおお?」  白い髪に淡い色の袴と相まって、雪原に放り込めば周囲に溶け込む白熊の如き。  俺は棒じゃないと言いたかったが、声にならなかった。膝を抱えて落ち込む。  ニケは白い棒をくるりと気安く回す。 「骨さ」 「え? ニケの?」  驚いて顔を上げるフリーに、彼は優しい顔で深く頷く。 「お前さんが阿呆なのは、よぉく分かった」 「待って。納得しないで! ……だ、だって、骨って言われたら驚くじゃん」  魚を骨ごと食っていた奴の台詞とは思えんな。 「お前さんが何に驚いているのかは分からんが、骨は赤犬族の必須アイテムさ。噛んでいるだけで精神を安定させる効果があるし、牙も研げる。なにより……」  摘まむようにそれを持つと、先端目掛けてふっと息を吐いた。  すると――先端から線香花火めいた火花が散り、蝋燭のように火を点したのである。  小さな火種だが、火を起こす苦労を考えると奇跡のような光景である。 「……」  口を開けて固まっているフリーに、得意げにふふんと胸を張る。 「こうやって、力の底上げもしてくれる」 「ニケは、魔九来来(まくらら)を使えるのか……?」  魔九来来(まくらら)。何らかの代償と引き換えに超自然的な力を操ることが出来る力のことで、この力を使える者を、人々は「魔九来来使い」と呼んだ。

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