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第14話 大自然でお料理
たすきで腕をまくり裾をたくし上げると、入念に準備運動をしておく。
最後に手首足首をほぐすようにばたばた振り、「さて」と意気込んで川に入る。
水はどこまでも冷たくニケの足首をさらさらと流れていく。
(できれば大物を獲りたいな)
姉は泳ぎも魚とりの腕前も見事の一言だったが、教えるのが強烈に下手だった。何度か真面目に沈められたものである。もちろん姉に悪意がなかったことは理解している。
川底で光る鱗。
「せいやぁ!」
見つけた川魚の横っ腹を殴りつけ、宙へと放り投げる。それはまるで熊が鮭を取っている姿と重なる手法であった。
水から放り出された鱗がきらきらと青色に太陽の光を反射し――べとっと岸に落下する。
びちびち跳ねる魚が四尾になった頃、フリーが戻ってきた。
「遅いぞ。迷子か?」
「味噌がどこにあるか分からなかったんだよ~。探しまくったよ。聞いてから行けばよかった」
「宿を荒らしてないだろうな?」
「ぎくっ! え、えっと……多分?」
しどろもどろに目を逸らすフリーにため息しか出ない。まあ、これは味噌の場所を教えておかなかった自分が悪いだろう。
「そう思うならお尻をつねるのやめてもらえません?」
「おっと」
無意識に手が動いていたようだ。
尻を摩るフリーを尻目に、大きなお椀に味噌を入れ、大量の砂糖を投入する。
「す、すごく甘そうだね……」
顔を引きつらせるフリーにそのお椀と、ごますりの棒を渡す。
「ほれ。これで味噌と砂糖を混ぜ合わせろ」
「え? はい」
ねちょねちょという音を聞きながら、ニケはさっき獲った魚の内臓を取り除いていく。
「それはなんていう魚?」
覗き込んでくるフリーに惜しいなと思う。この魚は水からあげたときは美しい青色をしているのだ。それを見せてやればさぞはしゃいだだろうに……
(って! なんで僕がこやつに気を遣ってやらにゃならんのだ!)
自分自身に内心ツッコミを入れ、すっかりくすんだ色に変色した魚を見下ろす。
「これはアオムツ。鯉の仲間さ」
「コイ? 恋?」
「ん? 鯉を見たことないか? 一部の地域や種族間では「神の使い」とも呼ばれ神聖視されているんだぞ」
手を止めずに、真剣な顔で隣にしゃがんでくる。
「すぐに川に戻した方がいいんじゃないか? 神様の使いなんだろ? 食っていいのか?」
「もう捌いたわ。それに僕らが信仰している神ではないから気にすんな」
そういうものなのだろうか。
口をへの字にしているとニケが手元を覗いてきた。
「そのくらいでいい。ではそれを……あっ!」
大声をあげたニケにギョッとする。
「や、やっちまった……。失敗した」
「え? どうしたんだ。ニケ」
ニケはすっと石造りのかまどを指差す。さっき造ったやつだ。
「食材を乗せてから火をつけなきゃならんのに、先に火を点けちった」
下から火であぶられ続けている石は乾いており、水を垂らすと一瞬で蒸発させそうだ。
「駄目なのか?」
「石が熱くなりすぎている。あれでは乗せた食材があっという間に焦げてしまう。はあ~」
がっくしと項垂れる。見ると力なく尻尾も垂れ下がっていた。
たまにしかしない調理法とはいえ、よりによってこやつ(フリー)の前でやらかしてしまうなんて。
しかもかっこつけた時に限っての失敗。これは、精神的に来る。
フリーは呆れているか嗤っているかだろう。様子を見ようとちらりと目を開けると、お椀が差し出されていた。
「へ?」
「じゃあ別の石に変えればいいだろう。向こうにまだあったから持ってくるよ。これ持ってて」
「え?」
呆然としている間にフリーは駆けていく。
確かに彼の言う通りなので、お椀を持ったままうろうろしていると、白髪が戻ってきた。
「ひぃひぃ。重い! でもこれ、さっきの石より平らだし、いいと思うぞ」
ずんっと地面に置くと、腰をそらす。
「んあ~。腰にくる。で、問題はどうやって上の石を取り換えるかだな」
熱せられた石を触ろうものなら、火傷どころでは済まないだろう。手の皮膚とお別れしなくてないけない。
頭をひねっていると、ニケが引きずるように流木を拾ってきた。己の背丈と同じほどの長さのそれを両手で持ち、片足を上げ、一本足打法の構えを取る。
「に、ニケ?」
「はあっ!」
流木バットを石目掛けて振るい、上に乗っかっている石だけをきれいに吹っ飛ばした。カキーンという幻聴が聞こえた気がする。石は少し離れたところに、どすんと落ちて転がった。
高速の振り。
口をあんぐり開けたまま固まる。
「ふむ。よし」
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