14 / 86

第14話 大自然でお料理

 たすきで腕をまくり裾をたくし上げると、入念に準備運動をしておく。  最後に手首足首をほぐすようにばたばた振り、「さて」と意気込んで川に入る。  水はどこまでも冷たくニケの足首をさらさらと流れていく。 (できれば大物を獲りたいな)  姉は泳ぎも魚とりの腕前も見事の一言だったが、教えるのが強烈に下手だった。何度か真面目に沈められたものである。もちろん姉に悪意がなかったことは理解している。  川底で光る鱗。 「せいやぁ!」  見つけた川魚の横っ腹を殴りつけ、宙へと放り投げる。それはまるで熊が鮭を取っている姿と重なる手法であった。  水から放り出された鱗がきらきらと青色に太陽の光を反射し――べとっと岸に落下する。  びちびち跳ねる魚が四尾になった頃、フリーが戻ってきた。 「遅いぞ。迷子か?」 「味噌がどこにあるか分からなかったんだよ~。探しまくったよ。聞いてから行けばよかった」 「宿を荒らしてないだろうな?」 「ぎくっ! え、えっと……多分?」  しどろもどろに目を逸らすフリーにため息しか出ない。まあ、これは味噌の場所を教えておかなかった自分が悪いだろう。 「そう思うならお尻をつねるのやめてもらえません?」 「おっと」  無意識に手が動いていたようだ。  尻を摩るフリーを尻目に、大きなお椀に味噌を入れ、大量の砂糖を投入する。 「す、すごく甘そうだね……」  顔を引きつらせるフリーにそのお椀と、ごますりの棒を渡す。 「ほれ。これで味噌と砂糖を混ぜ合わせろ」 「え? はい」  ねちょねちょという音を聞きながら、ニケはさっき獲った魚の内臓を取り除いていく。 「それはなんていう魚?」  覗き込んでくるフリーに惜しいなと思う。この魚は水からあげたときは美しい青色をしているのだ。それを見せてやればさぞはしゃいだだろうに…… (って! なんで僕がこやつに気を遣ってやらにゃならんのだ!)  自分自身に内心ツッコミを入れ、すっかりくすんだ色に変色した魚を見下ろす。 「これはアオムツ。鯉の仲間さ」 「コイ? 恋?」 「ん? 鯉を見たことないか? 一部の地域や種族間では「神の使い」とも呼ばれ神聖視されているんだぞ」  手を止めずに、真剣な顔で隣にしゃがんでくる。 「すぐに川に戻した方がいいんじゃないか? 神様の使いなんだろ? 食っていいのか?」 「もう捌いたわ。それに僕らが信仰している神ではないから気にすんな」  そういうものなのだろうか。  口をへの字にしているとニケが手元を覗いてきた。 「そのくらいでいい。ではそれを……あっ!」  大声をあげたニケにギョッとする。 「や、やっちまった……。失敗した」 「え? どうしたんだ。ニケ」  ニケはすっと石造りのかまどを指差す。さっき造ったやつだ。 「食材を乗せてから火をつけなきゃならんのに、先に火を点けちった」  下から火であぶられ続けている石は乾いており、水を垂らすと一瞬で蒸発させそうだ。 「駄目なのか?」 「石が熱くなりすぎている。あれでは乗せた食材があっという間に焦げてしまう。はあ~」  がっくしと項垂れる。見ると力なく尻尾も垂れ下がっていた。  たまにしかしない調理法とはいえ、よりによってこやつ(フリー)の前でやらかしてしまうなんて。  しかもかっこつけた時に限っての失敗。これは、精神的に来る。  フリーは呆れているか嗤っているかだろう。様子を見ようとちらりと目を開けると、お椀が差し出されていた。 「へ?」 「じゃあ別の石に変えればいいだろう。向こうにまだあったから持ってくるよ。これ持ってて」 「え?」  呆然としている間にフリーは駆けていく。  確かに彼の言う通りなので、お椀を持ったままうろうろしていると、白髪が戻ってきた。 「ひぃひぃ。重い! でもこれ、さっきの石より平らだし、いいと思うぞ」  ずんっと地面に置くと、腰をそらす。 「んあ~。腰にくる。で、問題はどうやって上の石を取り換えるかだな」  熱せられた石を触ろうものなら、火傷どころでは済まないだろう。手の皮膚とお別れしなくてないけない。  頭をひねっていると、ニケが引きずるように流木を拾ってきた。己の背丈と同じほどの長さのそれを両手で持ち、片足を上げ、一本足打法の構えを取る。 「に、ニケ?」 「はあっ!」  流木バットを石目掛けて振るい、上に乗っかっている石だけをきれいに吹っ飛ばした。カキーンという幻聴が聞こえた気がする。石は少し離れたところに、どすんと落ちて転がった。  高速の振り。  口をあんぐり開けたまま固まる。 「ふむ。よし」

ともだちにシェアしよう!