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第15話 舞

 ストレス発散出来たようなさわやかな顔つきで、砂糖と混ぜた味噌を石の表面に塗りたくっていく。 「え。味噌を塗ってどうするの? 石食べないよね?」 「アホ言ってないで、捌いた魚と野菜をこっち持ってこい」 「あ、はい」  言われた通りにすると、石にカタカナの「ロ」の字が描かれていた。味噌で。 「この味噌の中に野菜や魚を並べてくれ」 「ふむ?」  よくわからないが考えてもしょうがない。持ってきた人参や空芋を魚の横に置いていく。  並べ終えると、これまたひょいとニケが石を炎の上に被せる。  瞬く間に炎の舌が一瞬で具材を包み込んだ。特に、砂糖を取り込んだ味噌はみるみる焦げ付いていく。 「おおっ。すごい火力だな。離れていても熱が……。あの、味噌が焦げてるように見えるけど、い、いいの?」 「これで味噌の味が魚や野菜に移るんだよ……。まったく。いちいち動揺しおって。どんと構えていろ。どんと。気障りだからその辺で踊っていろ」 「う……。そ、そうだな。ニケは落ち着いているよな。見習わなくちゃ」  こういう素直なところは気に入っている。のだが、何を思ったのかフリーは本当に踊りだした。 「え……」  ぽかんとしながら白い人族を見つめる。  どれほどそうしていたのか、石のかまどからいい香りが漂ってきた。ニケの鼻がひくひくと動く。 「おっと。火を消さねば」  お椀に川の水を汲んで、かまどの火の根元に水をかける。ジュッと消えた火を見て、ニケは呆然とする。  ――え? もうこんなに時間が経っていたのか?  食材に火が通るまで、川を眺めてぼーっとして暇を潰すのが常だったというのに。  一瞬で過ぎ去った時間を探すように、ニケは顔を上げる。  踊り終えて満足したのか、フリーが焼けた魚を見てそわそわと浮き立っている。  けっして、速いわけでも激しい動きでもなかった。  それなのに、見入ってしまった。  こんな、残念さを詰めて煮込んだような奴の踊りだ。さぞ滑稽だろう。鼻で笑ってやろうとさえ思っていたのに。全身を使った動きは水面を流れる笹船のように静かで――  そこまで考え、ニケは自分の顔をぶん殴った。すごい音が鳴り、「ほがあっ! どうしたの?」と悲鳴が聞こえた気がしたが、構っている余裕はなかった。 (み、認めない! 認めないぞ! この僕が! こんなあんぽんたんの舞を、口を開けて見ていたなんてっ)  頭を抱えたまま悶絶するニケの周りで、おろおろするしかなかった。  川周辺をなんとも食欲をそそる味噌の香りが広がるが、風に流され香りが留まることはない。 「……」 「……」  ぼうっと虚空を見つめるニケの晴れた頬に、濡らしてきた手ぬぐいをそっと当てる。あれからニケは受け入れられない現実を突きつけられたように、一言も発しなくなり口だけ動かし晩飯を齧っている。  フリーも初めて食べる料理を口にするが、ニケが気になり味が入ってこない。  二人並んで丸太椅子に腰かけ、聞こえるのは水が流れる音だけ。  山の中というのは存外、静かなものなのだ。どこかで虫の音が響く程度だ。  汗ばむ暑さはなりを潜め、涼やかな風が黒と白の髪を撫でていく。こんな静かな時間はずいぶん久しぶりで、フリーは存分に堪能する。 (そういえば)  肌寒くないかと言いかけ、ニケは平気なのだと思い出す。 「……の、か?」 「え?」  ニケの口が動いた気がする。耳を近づけると、ぼそぼそと声が聞こえた。 「舞が、得意なのか……?」  ニケが再起動してくれたのかと嬉しくなり、笑みを作る。 「得意って言うか、なにをやっても否定されて駄目出しされたけど、舞だけはなにも言われたことはないから。単純に好き、かな」  なんか悲しいことを聞いた気がするが、ニケは「へ、へえ」と震える声で頷く。 「な、なかなか、良かった……ぞ?」  言った瞬間、負けを認めた気がしてニケは激しく落ち込んだ。屈辱だった。こんな奴隷に、一つでも劣っているところがあるなんて。それを認めざるを得ないなんて。悔しくて仕方がない。  だからニケは気づかなかった。  フリーがどんな顔で自分を見ていたか、なんて。

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