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第20話 掃除 ④
雨雲で見えないが日が真上に差し掛かった頃。二人は休憩を取っていた。
縁側に並んで腰かけ、雨を眺めながら熱い茶をすする。
ニケは足が地面についておらず、ぷらぷらと両足を揺らしている。
三角巾や割烹着を装着していたとはいえ、全身埃っぽい。横でフリーがくしゃみ十連発を披露していて本当にうるさい。わざとらしく片耳を手で押さえる(耳を塞いでいる)。
「ふえっ――ぶあっくしょい!」
「っとによぉ。また花粉症かい?」
「ふぶーっ」
チリ紙で鼻をかむ従業員に呆れた目を向ける。フリーは目に涙を浮かべ、チリ紙を丸める。
「ふぁあ? だから花粉じゃないって。ニケは何で平気なのふぁ」
「鍛え方が違うのだ。あと、くしゃみするときは手で押さえろマヌケ」
「ぶふーっ」
空にしたばかりのゴミ箱が、もう溢れそうになっている。
耳せん買ってこようかなと渋面を浮かべつつ、おやつに蒸した土露(どろ)芋を手に取る。
野良柿や栗より安く、高価な砂糖よりねっとりする甘さ。金銭的に手が届かず甘いものに飢えていた市民の人気を掻っ攫った、とてもとても甘い芋。
蒸すだけで食べられるので、市民のおやつと言えばまずこれである。
大きさは成人女性の手のひらほど。それを半分に折り、片方をフリーに渡す。
「ほれ。熱いからな?」
「ふぁーっくしゅん!」
「いつまでくしゃみしとんねん」
両手が塞がっているので、尻尾でフリーの背を攻撃する。とはいえやわらかい尻尾なので、ぺそっというほほ笑ましい音しか鳴らない。
「ご、ごべん(ごめん)。ありがと……あっつい!」
フリーの手に置いた芋が、天井付近まで飛んだ。
「わったった」
落ちてきたそれをキャッチし損ねて、芋が土の上を転がる。それを見たニケのこめかみに、静かに青筋が走る。
怒鳴りつけようと息を大きく吸うが、その前にフリーが芋を拾い……洗いもせず食べたのである。
ぬかるんだ地面に落ちた、泥だらけの芋を。
驚きで、大声を出し損ねたニケの喉が咽る。
「げっほごほ! ……お、落ちたものを食うな」
「え? 落ちたものしか食ったことないけど?」
――そういえば膳に乗った飯を見て、珍獣を見るような目をしていたっけ……。
額を手で押さえてうつむく。
こりゃ、箸など使ったことないわけだ。
ニケの隣に、フリーが戻ってくる。
泥を拭く素振りすら見せないので、ニケは「空が青いな」と現実逃避しかけた。雨だが。
このどんくさい男と使える人材にすると決めたのは自分なのだが、すでにそう決めた過去の自分を殴りに行きたい気分だった。
齧りかけの芋を漆塗りの丸盆の上に戻す。
フリーの手から芋を取り上げ、チリ紙で泥を拭ってやる。
「いいか? 落ちたものを食うな。お客様を不快にさせる、というか、人としてアカン」
「そうなの?」
「そ・う・な・の」
姉の宿の評判を落とされたらたまらない。脅しも兼ねてぐっと顔を近づけて睨んでおく。初対面時、猫妖精かと思って近づいた時、こやつは偉く驚いていたからな。今回も飛び上がるだろうと思っての行動だったのだが……
「わかったよ」
金緑石(きんりょくせき)のような目を細めて、やわらかくほほ笑んだだけだった。
「っ」
これにはニケの方がわずかにたじろぐ。二回瞬きをして、そっと離れた。フリーの膝に、土露(どろ)芋を押し付けるように置く。
むすっと頬を膨らませるニケに、フリーは首を傾げながらじゃりじゃりする芋を齧った。
「あっまいなぁ、これ。美味しいよ」
「良かったな。……僕も甘いものは好きだよ」
「味噌に寒気がするほど砂糖を入れていたもんな」
笑顔で親指を立てる男に、ムッとして言い返す。
「あれはああいう料理なの!」
まったく。高価な砂糖をふんだんに使う料理だというのに。奢り甲斐のないやつ。
(――って。今思うと、なんで僕はこやつにあんな高価な料理を振舞ってんだ……)
安い賃金安い飯でぼろ雑巾になるまでこき使うんじゃなかったのか。
自分で自分の行動が理解できず、今日の空模様よりどんよりと落ち込んだ。
こやつが来てからというもの、なんだか自分がおかしいような気がしてきた。どっか悪いのだろうか。
自分で額に手をやってみるも、熱はなかった。
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