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第24話 い、一緒に……

 子どもの一人暮らしとは思えないほど、こういうところまでしっかりしているニケに頭が下がる。  というか、今の今まで気づかなかった自分はどれだけ箸のことで頭いっぱいだったのやら。  外はまた雨が降り出したようで、暗闇にかすかな雨音が混ざる。  髪を拭きながらしばし何も見えない外を眺めていると、隣室……つまりニケの部屋の簀戸が開いた音がした。  無言でそちらを見つめていると、犬耳がそろりと出てくる。次に素足が出てきたが、その動きはとにかくゆっくりで、いかにも「音を立てないように」を意識しているようであった。 「むん。……おぴゃ!」  廊下に物音一つ立てずに出られたことにむんっと胸を張った直後、フリーの存在に気が付いたようだ。冷や汗を流し、尻尾の毛まで逆立て垂直に飛び上がる。  驚かす気は微塵もなかったが、見ていたこっちがビクッとなるほどの驚きぶりだった。  赤瞳をこれでもかと見開くニケと見つめ合ったのち、お子様の顔が暗闇でもわかるほどみるみる真っ赤に染まる。  次の瞬間――犬耳がロケットのようにフリーに向かって突撃してきた。 「廊下に白いのがぼうっと立ってたら怖いやろがああっ」 「もしかして幽霊だと思いましたかすいません!」  ロケット頭突きを脇腹にモロに喰らったフリーが、くの字に折れ曲がる。  謝りながら廊下の奥に吹っ飛んでいくフリーを見て、我に返ったニケがやっちまったと言う顔で追いかけてくる。 「――って、あああ! 違う。すまん。不審者撃退案二十一を脳内でシュミ……シュ、し、し、シミュレーションしていたからつい……」  子どもの一人暮らしなのだから、撃退作を用意しているのはいい。いいがそれを実体のない幽霊(フリーだが)にまで実践するとは。幽霊苦手なのだろうか。怪談話とかしたら怒るかな?  なんてことを、天井を見つめつつ大の字で考える。  焦った様子のニケが覗き込んでくる。 「フリー? 死んだか?」 「い、生きています……。げほっ。肋骨が終わるかと思ったけど大丈夫です」  そう答えるとホッとした顔を――見せてくれるのかと思いきや、ニケはすっと冷めた表情になった。人差し指サイズの白い棒を取り出し、犬歯で挟む。 「んだよ。モヤシフリーちゃんを一撃で倒せないとか……撃退案その六「ニケ頭突き」はいまいちだなぁ。不採用にすっか」  ネーミングセンスが……なんでもない。ニケキックとかニケパンチとかあるのだろうかと気になる。  できればもう少し心配してほしかったが、まあいいだろう。こんな夜中に廊下に立っていた自分が悪い。  遠い目でそう納得させる。 「で、お前さん、廊下で何をしていたんだ?」  こっちの台詞でもあるが、雇い主の疑問に答えておこう。 「髪を乾かしておりました~。室内で髪を拭いていたら、水滴を飛ばしちゃうからね。調度品が濡れたら駄目だし、ほら」 「布団も濡らしたら駄目だが?」 「昨日はすいませんでした」  正座して深々と頭を下げる。なんか髪を乾かさずに寝たことを未来永劫言責められそうだが、完全に自業自得なので耐えておく。 「そういうニケは?」 「え? ……あっ」  今思い出したような顔をしたニケの頬が、また赤くなる。  何かを言おうとして口をぱくぱくさせていたが、ぷいと顔をそむけてしまう。 「別に!」 「厠?」 「うるさいやい」  何故かぷりぷり怒りながら、部屋に戻っていく。 「……ええー?」  一人取り残されたフリーは仕方なく四つん這いのまま、闇を泳ぐように部屋に戻るのだった。 (ああああああん!)  布団に潜ったニケは転がりながら悶えていた。  こっそりフリーの部屋に行って布団に潜りこもうと計画し――もちろん驚かしてやるためであって、あわよくば一緒に寝ようなんて考えていない――物音を立てずに廊下に出たまでは良かった。まさか彼が廊下に立っているなんて思わなくて、ついロケット頭突きを見舞ってしまった。 (むううう)  自分でも何をやっているのかと呆れながら、また明日挑戦しようと意気込むのだった。

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