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第30話 一緒に寝てやろう。仕方ないな!
ニケの宿。正式名「四季の宿」の客室は四つある。
一番高価なのがレナの泊まっている「夏至の間」。お値段が張る分、料理も豪華で部屋も広い四人部屋。その次が「春風の間」、「月冬(つきふゆ)の間」と続き、一番安い部屋が「立秋の間」となる。安い部屋だが、ボロいというわけではない。
先代がなくなってからは姉と二人になったので、客室を減らしたのだ。二人では何十人のお客に対応できないので。
私室に戻ったニケは寝間着の浴衣に着替えながら考え込んでいた。
(不安で眠れん……。いっそ起きてようか)
姉のお下がりの櫛で髪を梳く。
変な客の到来で、徹夜を覚悟しなくてはならなくなった。もし何かあれば、宿泊客はニケが守らなければならない。
(まあ。レナさんの心配はいらんと思うが)
一人心配な奴がいる。客ではない。隣の部屋で恐らく爆睡しているであろう者だ。
あとは布団に潜るだけとなったニケは部屋内を意味もなくうろつく。
――なんで僕があの阿呆のことをこんなに気にかけているんだ。
馬車馬のように働かせて、ぼろ雑巾にしてやるつもりだったのに。あやつだ、フリーが悪い。世界中から消えろと願われた種族の末裔のクセに、あんなに優しく笑うから。
ニケと一緒にいることが、楽しくてたまらないという顔をするから。
変な情が湧いたんだ。
あやつのせいだ。
むすっと、ニケの目が据わる。
(……あやつのこと考えているとだんだん苛々してきた)
貴重品だけ掴んで部屋を出ると、姉の部屋の前に立つ。フリーはよほど大人しくしているようで、住んで数日が経つのに調度品の位置がまるで変わっていない。
簀戸を開けるとフリーはまだ起きて箸の練習をしていた。急に来たニケを見てギョッとする。
「お、お? ニケ。どうした? うるさかった?」
一言も発していないけど。
「まだ起きていたのか。練習は褒めてやるが、寝ないと明日に響くぞ」
「うう~ん。でも、練習を中断しちゃったから、少しだけでもと思って」
「寝ないと明日に響くぞ」
「あ、寝ます」
寝ろと言われているなこれは。
闇夜に鮮やかに浮かび上がる赤色の眼光が怖い。
フリーはそそくさと箸練習セットを片し、敷いてある布団に潜りこむ。
「ね、寝まーす。おやすみ~」
布団を被り、目を閉じる。足音が聞こえたので部屋に戻ったのかと思っていると、布団がめくれ上がった。
「ほわっ?」
ぱちっと目を開くと、ニケの尻尾とケツが見えた。
頭を突っ込み、這って布団の中へと潜り込んでくる。
「に、ニケ?」
何をしているのかと見ていると、ニケは布団の中、フリーの腹のあたりで丸くなった。
それはこたつで丸くなる犬のようで、貴重品の入った小包をしっかりと抱きしめている。
「へ? どうしたの? 何してるの?」
「おやすみ」
疑問符が飛び交いまくっているフリーに挨拶だけして、ニケは目を閉じてしまう。
「え。寝るの? ここで?」
返事はない。
突然の事態にフリーはしばらくわたわたしていたが、やがて目を閉じる。
ニケの寝顔が天使すぎてあと五時間は見つめていたい。小袋をぎゅっと抱いている様が可愛くてあああああ。
(落ち着け自分)
フリーを鎮めるかのように、眠気がどっと押し寄せてきた。
しんとなる部屋に、お経が微かに聞こえてくる。あのおじさんの声だ。
だがそれは耳障りなものではなく、子守歌のような安らぎがあった。
(よいしょっ)
ニケを蹴ってはいけないと、身体を布団の脇へずらす。
寝返った際に踏んづけてもいけない、と思ったのに離れた分、ニケがにじり寄ってきた。
フリーの脇腹に、丸まった背中が触れる。
あったかい。
「……?」
一体どうしたのだろうか。
それでも不快ではなかったので、フリーの意識はすぐに夢の中へと沈んでいった。
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