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第31話 寝ぼけてたんだ。忘れろ!

「むに……」  ニケの朝は早い。  夏は日が昇るのと競うように活動し始める。  今日もいつものようにきりっと起きている予定だった、のに……。 「むぐ……」  寝ぼけた声を発しながら、ニケはまだまどろみの中にいた。  もう起きなきゃいけない時間だと分かっているのに、布団が暖かくていつまでも沈んでいたい。自分を抱きしめる腕の重みが心地好く、もっとぎゅっと力を込めてほしい。  だってオトンまでこの世を去った今、ニケを抱きしめてくれるのはもう、姉しかいないのだから。  これは姉の腕の中なのだろう。なんて幸せなんだ。抱きしめられるときいつも姉のふかふかの胸に窒息しそうになるが、今日はえらく平たいな……。  ぺちぺちと胸元を叩く。まな板のように平たく、ふくらみがない。どこに落としてきたんだ姉ちゃんと、寝ぼけきった頭で悩んでいると、「姉」の身体が身じろぎした。  どうやらニケが起きたことに気がついたようだ。  干したてのお布団のように優しい声で、「起きたのね。ニケ、おはよう」と言って頭を撫でてくれるはずだ。ずいぶん懐かしい毎朝の何気ない光景。  だがそれが、何よりの楽しみで幸せだったのだ。  早く頭を撫でて。もう一人にしないで、これからずっと一緒に暮らそう――?  そしてそれは、夢のように唐突な終わりを迎えた。 「――ニケ。起きたか?」  ハッと意識が覚醒する。  今日は客が来ているとか畑のことなど、色んな情報が頭に流れ込む。目を見開いたまま、古びた人形のようにギギギと上を向く。  乱れた白髪に、日の光を知らないような白い肌。華奢な姉とは違う、柔らかさのない男らしい骨格の身体。  目が合うと、にっこり細められる金緑の瞳。  フリーだった。  耳がピンと立ったニケは上半身を起こす。 「はあぁ? 僕の部屋でなに寝とんねん!」  ――と、言ってから気づく。姉の部屋にしかない家具の数々。そういえば昨日……。  ほっぺを手で押さえて思い出していると、フリーは暑いのか布団を蹴とばした。 「は~。よく寝た」  まだ眠そうな顔で、大あくびをする。  のんきな仕草に、ニケはむいっとフリーの頬を指で押す。 「む?」 「お前さんはよぉ~。僕より早く起きてあれこれしておけと言っただろう? 起きていたならなんで行動しないんだ? 従業員のクセに僕より遅く寝ているなんて……!」  朝からくどくど説教を垂れていると、フリーがじっとこちらを見ているのに気づく。いつも殊勝に正座して聞いているのに、今日限って寝ころんだままというのはどういうことだ。  そのことにぷんすかと腹を立てると、金緑の目が胸元に下がる。 「?」  その視線を追いかけていくと……ニケの手があった。 「……ッ」  フリーの浴衣を、誰でもないニケの手がしっかりと掴んでいたのだ。まるで、どこにもいかないでと、母の着物を掴む幼子のように。  これでは起きても動けない。しかもフリーは左腕をまっすぐに伸ばしている。腕枕でもしていたように。ニケの頭が乗っかっていたのなら、動けない。  布団の上の惨状をまじまじと見つめる。  ということは、姉だと思ってしがみついていた相手はフリーで、抱きしめて腕枕までしてもらって。しかも寝ぼけてなんか恥ずかしいことまで口走った気がする……っ!  ぼんっ。  ニケ火山が噴火した。羞恥という溶岩がドロドロ流れ出てきて、顔一面真っ赤になる。  静かに立ち上がると、猛然と顔を覆い部屋から飛び出していった。 「ニケ!」  フリーの声が聞こえたが、恥ずかしいやら嬉しいやら起こせよやらで、頭が一杯だった。  すぐに追いかけたフリーの目の前で、ニケの部屋の簀戸が閉まる。 (なんだ? 今日のニケ……めっちゃ可愛いな)  寝ているとぷくぷくほっぺが胸にすり寄ってきたのだ。「可愛い」と叫びたがる口を押えるのに必死だった。

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