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第48話 花霊の怒り
「まったくアンタは。すぐ新人さんに絡むんだから。以前もそれであたしに叱られたことをもう忘れ……って、アアーーー」
主人の絶叫が轟いた。通行人とフリーが何事かと飛び上がる。
穴の開いた生け垣を見て、名画のように両頬に手を添え、信じられないほどガクガクブルブルと震え出す。
「ああああああああたしの、お、おおおおおお花さん達ががががが……。散ってる!」
血を吐くような声だった。
あ、これはまずいと、内心で冷や汗を流した直後、彼女はこちらを振り向いた。首だけで。
その顔に表情らしきものはなく、正直、怒鳴られたり睨まれたりするより数段怖い。
彼女の怒りに反応してか、なんだか周囲の植物たちがざわめいている気がする。実際、風もないのに生け垣全体が蠢き出した。
「あたし(花霊族)の前で植物さんを傷つけるなんて、いい度胸しているじゃなイィイイイイイ。どっちがやったの? 怒らないから、あたしに教えてごらンんんんん?」
なにかに変身しそうな主人に、復活を遂げたリーンも分かりやすく狼狽えだす。
「はっ、はう……。お、落ち着いてくれよ。ドールさん」
泣きそうな声だ。
フリーも魂が出そうな顔をしている。レナの件も合わせて、女性恐怖症になりそうだった。
しかし、もっと怖いものを知っているフリーの方が冷静だった。
その場で両手をつくと、地面を陥没させる勢いで頭を下げた。
「すいませんでした! ディドールさん。生け垣に穴をあけたのは俺です」
地面と頭が激突する音に、ふたりの目がフリーに集まる。
フリーは構わずに叫ぶ。その様子は荒ぶる神を鎮めようとせんばかりの必死さだった。
「きれいなお花に……申し訳ありませんでした。クビにしていただいて構いません。本当にごめんなさい」
地面には桃色の花びらが地面に落ちている。中には蕾もあり、これから花開くはずだっただろうに。なんの花かは相変わらず分からないが、これほど瑞々しく咲いている花を、他に見たことがない。勿体ないことをしてしまった。
「……?」
生け垣に穴を開けたのは自分なのに、なんでこいつが頭下げてんだとリーンは思ったが、生け垣に彼を放り投げたのはフリーなので、間違ってはいない。
(まさか俺を庇ってるつもりか? 馬鹿にしやがって)
カッとなった彼も、負けじと並んで頭を下げる。
「ドールさん。すいませんでした! 死にます」
御上の裁きを待つような姿勢になった野郎ふたりに、ディドールは片眉を跳ね上げる。
夏空の下、胃の痛い静寂がしばし続いたが、やがて小さなため息が聞こえた。
「まぁ、いいわ。言い訳くらいは聞いてあげる」
喝采を上げかけたふたりを、腕を組んで見下ろす。
「その前に仕事を終わらせなさい? 話はそれからよ」
聖母の如きほほえみから発せられる極寒の声に、フリーとリーンは青ざめて抱き合うのだった。
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