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第51話 リーンの誘い

♦  心配をかけたお詫びに菓子折り――初めは花束をと思ったのだが、キミカゲ曰く花霊族に花を贈るのはあまり良くないらしい――をディドールに持って行き、仕事にも仕事場にも慣れてきた数日後。  リーンが遊びに来た。 「お邪魔します、キミカゲ様。フリーの野郎は居ますか?」  家の奥まで通る元気な声。  ちらっと顔を出すと、やはり星影族の少年だった。何度か訪れているのか、慣れた様子で上がり込み、キミカゲに挨拶している。 「なんだ。診察時間は終わっただろ。……緊急か?」  足元からニケの声がしたので目を向ければ、黒い犬耳も壁から来客を覗いている。  いつの間に足元にきたのか。  ふたりして同じことをしていると、気づいたリーンが大きく手を振る。 「おおっ。いるじゃん。さっきぶりだな」  仕事を終えて帰ってきて、キミカゲの手伝いをしていたらもう夕方。  リーンがやってきたのはそんな時刻だった。  確かにさっきぶりである。  洗福にいるときより肩の力を抜いている先輩少年に、フリーはいそいそと近寄る。 「どうしたんですか? なにか俺、忘れ物でもしました?」 「してねーよ。なんだ堅苦しいな。仕事以外ではタメ口で構わないぜ? 俺様は寛容だかんな!」  フフンと自身を親指でさす先輩。  一人称が俺様になっておられる。 「タメ?」  リーンは大げさに額を叩く。 「っかー! これ知らないのかよ。敬語じゃなくていいってこった」 「へー。何故?」  真顔になるリーンに、キミカゲがいたたまれなくなったように眉間を揉んでいる。  だが、先輩もフリーの空気読めないっぷりに慣れてきたのか、大きなため息を吐く。 「まぁええわ……。お前に怒っても疲れるだけだって学習したぜ」  後ろでニケがうんうんと頷いていたが、フリーには見えていなかった。 「って、そうじゃなくて。お前「ド」が付くほどの無知で世間知らずだから、俺様がいい情報を持ってきてやったんだよ」  得意そうに胸を張る少年の横で、あぐらをかく。 「情報って?」 「おう。羽梨(はねなし)神社で……な……。お?」  するとここで、ニケがやってきた。  どうしてか限界まで頬を膨らませている。なにその顔、可愛い。はあ? 可愛い。はあ? 「ニケ?」  フリーの前までやってくるとくるりと背を向け、そのまま腰を下ろした。そして社長のごとくデーンともたれる。 「ンフッ」  横でおじいちゃんが吹き出した気がする。  困惑する青年と少年が顔を見合わせる。  フリーを社長椅子扱いしながら、ニケは客の少年を見上げる。  なんだか、フリーがこの少年と楽しく話しているのを見ていると、心がモヤモヤするというか、ざわざわするというか。とにかく嫌な気分になるのだ。  ――翁と話しているのを見てもなにもならないのに、どうしたんだろう。  気が付くとフリーの足に座っていた。  まるで、自分のことを忘れてほしくないというように。 (若い子と暮らしていると、癒されるなぁ)  キミカゲから見れば、お兄ちゃんに友達が出来て寂しがっている弟の図、にしか見えなかった。あえて指摘せず小さく笑うだけにする。 「……話を戻すが、五日後に羽梨神社でお祭りがあるんだ」  キミカゲが笑っているのを見て、深刻なことではないと解釈したリーンが話を再開する。 「お前、さすがに神社は知ってるよな?」 「神社って、神様がいるところ、ですよね?」  リーンは感心した風な顔をした。 「流石にその辺は知っていたか。すごく安心した」  胸を押さえる少年に、フリーは引きつった顔であははと笑うことしかできなかった。 「もうそんな時期かぁ」  忙しくて行事を忘れがちなキミカゲに頷く。 「祭りって……」  フリーが話しかけると、三人の視線が一斉に集まった。フリーは「え? どうしたんだろう」と冷や汗をかきながら続ける。 「祭りって、どんなことをするんですか?」  空気が弛緩する。 「はぁ。ビビらすなよ。祭りってなんですか? とか聞かれるかと思ったぜ……」  汗を拭うリーンに、フリーは引きつった顔であははと(略)。  ニケが思い出すように顎に指を添える。 「夏風祭りでしたよね? 台風や害虫などに作物がダメにされないように、「風よけ」や「虫送り」的な意味がある……んでしたっけ?」  自信なさげな幼子にキミカゲが頷く。 「うん。その通り。で、ヒトの多い都市部では疫病が流行しやすいから、「厄除け」や「疫病退散」の祭祀が行われるんだ」  ぽけーと聞いているフリーに教えるように言う。 「夏祭りって呼んでるやつもいますけどね」  それは夏期の祭りの総称のようなものだが、若者は略すのがお好きなようだ。キミカゲは笑顔で口を開く。 「……まあ、私としては神に祈っている暇があるなら、手洗いうがいしろと言いたいね」  現実的な薬師の言葉に、三人の目が泳ぐ。 「そのお祭りに誘いにきたのかい?」 「そ、そうそう! 一緒に行こうぜ。色々案内してやるし」  出会ってまだ数日なのにお祭りに誘ってくるとは。仕事場でもほとんどが仕事内容の話ばかり(教えてもらっているので当然だが)だし、雑談した記憶などわずかで、そこまで親しいというわけではない。  まあ、フリーがそう思っているだけで、リーンからすればもうとっくに親しい仲だと思っている可能性がある。  そう考えると、心のどこかが喜んでいる気がした。二つ返事で了承しかけて、戸惑う。 「でも仕事が……」 「祭りは夕方からだよ、ったくよ~」  それなら仕事終わりに行ける。  ニケではなく、なんとなくキミカゲの裾を軽く引っ張る。 「あの~。お祭りって、どんなことするんですか? 何か持ち物とか……」 「ん? ああ。私らは特に何もしないよ。持ち物も財布ぐらいでいいだろう。羽梨では甘酒や色んな種類の和菓子、お守りなどを売り出すから、気楽に食べ歩きしてくるといい」 「食べ歩き? 米! 米はありますか?」 「ない」  ばっさりとニケが両断する。  項垂れる白髪に構わず、リーンがずいっと身を乗り出す。 「神楽もやるぜ! これはお勧めだ。見ておかないと損だぜ。なんたって羽梨の巫女さんはあの有名な双子巫女……」  興奮気味だった声がしぼむ。 「お前が神楽とか巫女さんを知ってるわけねぇか」  ふはっと鼻で笑われ、フリーはがたがたと震える。怒りなのか羞恥なのか。  ニケは椅子の感情になど興味なさそうにあくびする。 「ディドールさんは、誘わないのか?」  敬語じゃなくていいと言われたのでそうする。  フリーの言葉にがくぅと肩を落とした。 「真っ先に声かけたわ! でも、友達と先約があるからって……。あるからってぇ!」 「泣かないでくださいよ……」  フリーは目線を落とす。 「ニケも行く?」  言いたいことを言えてスッキリしたのか、鼻をすすりながらリーンはやっとニケのことを訊いてきた。 「そうそう。気になってたんだが、その子誰? キミカゲ様のお孫さん?」  種族が違うなぁ。  でもキミカゲは「そうです」と言いたかった。  苦笑するおじいちゃんに変わり、答えたのはフリーだった。 「この方はニケ。俺の雇い主です」 「あー。以前言ってた…………え?」  リーンの目が点になる。  フリーの膝に我が物顔で座っているのは、せいぜい十歳程度の幼子。  巨人(フリー)の雇い主だから、さぞ大男なんだろうなとぼんやり思っていたリーンの想像図が砕け散る。 「え? その子が? あ、もしかして雇い主の息子さんって意味か?」 「いえ?」 「お、俺をからかってるんじゃなく?」  フリーは口をへの字にする。 「なにか変か?」 「いやぁ、あの。成長が遅くて、大人でも子どもの見た目の種族はいるけど、その子は赤犬族だよな? 子どもじゃん!」  雇い主が子どもだと、いけないのだろうか。  それはいいとして、ニケがなんか静かなのが気になる。礼節を重んじ、お客さん、じゃなくてお客様には常に笑顔なニケが、リーンには挨拶もせず真顔。リーンは客ではないが、あのヒスイにですら頑張って敬語を使っていたというのに。  患者さんたちに感心されるほど大人びた風格が、いまは見る影もない。

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