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第51話 リーンの誘い
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心配をかけたお詫びに菓子折り――初めは花束をと思ったのだが、キミカゲ曰く花霊族に花を贈るのはあまり良くないらしい――をディドールに持って行き、仕事にも仕事場にも慣れてきた数日後。
リーンが遊びに来た。
「お邪魔します、キミカゲ様。フリーの野郎は居ますか?」
家の奥まで通る元気な声。
ちらっと顔を出すと、やはり星影族の少年だった。何度か訪れているのか、慣れた様子で上がり込み、キミカゲに挨拶している。
「なんだ。診察時間は終わっただろ。……緊急か?」
足元からニケの声がしたので目を向ければ、黒い犬耳も壁から来客を覗いている。
いつの間に足元にきたのか。
ふたりして同じことをしていると、気づいたリーンが大きく手を振る。
「おおっ。いるじゃん。さっきぶりだな」
仕事を終えて帰ってきて、キミカゲの手伝いをしていたらもう夕方。
リーンがやってきたのはそんな時刻だった。
確かにさっきぶりである。
洗福にいるときより肩の力を抜いている先輩少年に、フリーはいそいそと近寄る。
「どうしたんですか? なにか俺、忘れ物でもしました?」
「してねーよ。なんだ堅苦しいな。仕事以外ではタメ口で構わないぜ? 俺様は寛容だかんな!」
フフンと自身を親指でさす先輩。
一人称が俺様になっておられる。
「タメ?」
リーンは大げさに額を叩く。
「っかー! これ知らないのかよ。敬語じゃなくていいってこった」
「へー。何故?」
真顔になるリーンに、キミカゲがいたたまれなくなったように眉間を揉んでいる。
だが、先輩もフリーの空気読めないっぷりに慣れてきたのか、大きなため息を吐く。
「まぁええわ……。お前に怒っても疲れるだけだって学習したぜ」
後ろでニケがうんうんと頷いていたが、フリーには見えていなかった。
「って、そうじゃなくて。お前「ド」が付くほどの無知で世間知らずだから、俺様がいい情報を持ってきてやったんだよ」
得意そうに胸を張る少年の横で、あぐらをかく。
「情報って?」
「おう。羽梨(はねなし)神社で……な……。お?」
するとここで、ニケがやってきた。
どうしてか限界まで頬を膨らませている。なにその顔、可愛い。はあ? 可愛い。はあ?
「ニケ?」
フリーの前までやってくるとくるりと背を向け、そのまま腰を下ろした。そして社長のごとくデーンともたれる。
「ンフッ」
横でおじいちゃんが吹き出した気がする。
困惑する青年と少年が顔を見合わせる。
フリーを社長椅子扱いしながら、ニケは客の少年を見上げる。
なんだか、フリーがこの少年と楽しく話しているのを見ていると、心がモヤモヤするというか、ざわざわするというか。とにかく嫌な気分になるのだ。
――翁と話しているのを見てもなにもならないのに、どうしたんだろう。
気が付くとフリーの足に座っていた。
まるで、自分のことを忘れてほしくないというように。
(若い子と暮らしていると、癒されるなぁ)
キミカゲから見れば、お兄ちゃんに友達が出来て寂しがっている弟の図、にしか見えなかった。あえて指摘せず小さく笑うだけにする。
「……話を戻すが、五日後に羽梨神社でお祭りがあるんだ」
キミカゲが笑っているのを見て、深刻なことではないと解釈したリーンが話を再開する。
「お前、さすがに神社は知ってるよな?」
「神社って、神様がいるところ、ですよね?」
リーンは感心した風な顔をした。
「流石にその辺は知っていたか。すごく安心した」
胸を押さえる少年に、フリーは引きつった顔であははと笑うことしかできなかった。
「もうそんな時期かぁ」
忙しくて行事を忘れがちなキミカゲに頷く。
「祭りって……」
フリーが話しかけると、三人の視線が一斉に集まった。フリーは「え? どうしたんだろう」と冷や汗をかきながら続ける。
「祭りって、どんなことをするんですか?」
空気が弛緩する。
「はぁ。ビビらすなよ。祭りってなんですか? とか聞かれるかと思ったぜ……」
汗を拭うリーンに、フリーは引きつった顔であははと(略)。
ニケが思い出すように顎に指を添える。
「夏風祭りでしたよね? 台風や害虫などに作物がダメにされないように、「風よけ」や「虫送り」的な意味がある……んでしたっけ?」
自信なさげな幼子にキミカゲが頷く。
「うん。その通り。で、ヒトの多い都市部では疫病が流行しやすいから、「厄除け」や「疫病退散」の祭祀が行われるんだ」
ぽけーと聞いているフリーに教えるように言う。
「夏祭りって呼んでるやつもいますけどね」
それは夏期の祭りの総称のようなものだが、若者は略すのがお好きなようだ。キミカゲは笑顔で口を開く。
「……まあ、私としては神に祈っている暇があるなら、手洗いうがいしろと言いたいね」
現実的な薬師の言葉に、三人の目が泳ぐ。
「そのお祭りに誘いにきたのかい?」
「そ、そうそう! 一緒に行こうぜ。色々案内してやるし」
出会ってまだ数日なのにお祭りに誘ってくるとは。仕事場でもほとんどが仕事内容の話ばかり(教えてもらっているので当然だが)だし、雑談した記憶などわずかで、そこまで親しいというわけではない。
まあ、フリーがそう思っているだけで、リーンからすればもうとっくに親しい仲だと思っている可能性がある。
そう考えると、心のどこかが喜んでいる気がした。二つ返事で了承しかけて、戸惑う。
「でも仕事が……」
「祭りは夕方からだよ、ったくよ~」
それなら仕事終わりに行ける。
ニケではなく、なんとなくキミカゲの裾を軽く引っ張る。
「あの~。お祭りって、どんなことするんですか? 何か持ち物とか……」
「ん? ああ。私らは特に何もしないよ。持ち物も財布ぐらいでいいだろう。羽梨では甘酒や色んな種類の和菓子、お守りなどを売り出すから、気楽に食べ歩きしてくるといい」
「食べ歩き? 米! 米はありますか?」
「ない」
ばっさりとニケが両断する。
項垂れる白髪に構わず、リーンがずいっと身を乗り出す。
「神楽もやるぜ! これはお勧めだ。見ておかないと損だぜ。なんたって羽梨の巫女さんはあの有名な双子巫女……」
興奮気味だった声がしぼむ。
「お前が神楽とか巫女さんを知ってるわけねぇか」
ふはっと鼻で笑われ、フリーはがたがたと震える。怒りなのか羞恥なのか。
ニケは椅子の感情になど興味なさそうにあくびする。
「ディドールさんは、誘わないのか?」
敬語じゃなくていいと言われたのでそうする。
フリーの言葉にがくぅと肩を落とした。
「真っ先に声かけたわ! でも、友達と先約があるからって……。あるからってぇ!」
「泣かないでくださいよ……」
フリーは目線を落とす。
「ニケも行く?」
言いたいことを言えてスッキリしたのか、鼻をすすりながらリーンはやっとニケのことを訊いてきた。
「そうそう。気になってたんだが、その子誰? キミカゲ様のお孫さん?」
種族が違うなぁ。
でもキミカゲは「そうです」と言いたかった。
苦笑するおじいちゃんに変わり、答えたのはフリーだった。
「この方はニケ。俺の雇い主です」
「あー。以前言ってた…………え?」
リーンの目が点になる。
フリーの膝に我が物顔で座っているのは、せいぜい十歳程度の幼子。
巨人(フリー)の雇い主だから、さぞ大男なんだろうなとぼんやり思っていたリーンの想像図が砕け散る。
「え? その子が? あ、もしかして雇い主の息子さんって意味か?」
「いえ?」
「お、俺をからかってるんじゃなく?」
フリーは口をへの字にする。
「なにか変か?」
「いやぁ、あの。成長が遅くて、大人でも子どもの見た目の種族はいるけど、その子は赤犬族だよな? 子どもじゃん!」
雇い主が子どもだと、いけないのだろうか。
それはいいとして、ニケがなんか静かなのが気になる。礼節を重んじ、お客さん、じゃなくてお客様には常に笑顔なニケが、リーンには挨拶もせず真顔。リーンは客ではないが、あのヒスイにですら頑張って敬語を使っていたというのに。
患者さんたちに感心されるほど大人びた風格が、いまは見る影もない。
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