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第62話 帰り道

 羽梨(はねなし)神社からの帰り道、フリーは月を見上げる。  いつか見た赤い星はなかった。雲に隠れているのだろうか。  背中では眠ってしまったニケが、すぅすぅと規則正しい寝息を立てている。背中が幸せだ。 「楽しかったぜ。今日」  不意に、先輩が口を開く。視線だけ向けるも、彼はこちらを見ていなかった。そのせいで独り言かと勘違いして流しかけた。 「先輩?」 「俺、あんまり友人いない……って言うか、作らないようにしてたから。こんなにはしゃげた祭りも久方ぶりだったわ」  首を傾げると白い髪が肩に流れる。リーンの性格なら、誰とでもすぐ打ち解けられそうなものなのに。  それなのになぜ作らないのか。必要ないなら、無理に作るものでもないだろうが。彼は大勢で盛り上がる方が、絶対楽しい性格だろう。  沈黙が長く続かない彼は話を続ける。 「お前、さ。俺の、その。星影のこと、どう思ってる?」  相変わらず目線は合わないものの、彼が自分の返事を待っているのは伝わってきた。  フリーは質問の意味が分からないと言うように空を仰ぐ。 「星影族のことは何も知りませんからなんとも……。でも先輩のことは好きですよ? このまま持って帰りたいくらいです」  彼がいれば「くすりばこ」は朝から晩まで賑やかだろう。彼と会話しているのは楽しい。常に話を振ってくれるし、会話を盛り上げる話術もある。ニケやキミカゲほど気を遣わなくていい相手との会話が、これほど心地いいなんて。  そういう意味で言ったのだが、青ざめたリーンは勢いよく顔を上げた。 「うげっ。おまっ……! ニケさんとの対応で薄々思ってたけど、そ、そっちの毛なのか?」 「はい?」  ケ? 毛? 手かもしれない。手がどうしたのか。そういえば手を火傷しておられたな。 「怪我? もしかして、火傷したところが痛むんですか?」  見返してくるピュアな瞳に、彼はガシガシと頭を掻く。 「あー……。今のは忘れろ。え~……そうじゃなくて」 「はい?」 「ん~~~。……はあ。もういいわ。じゃあ、俺の家、こっちだから。今日は楽しかったぜ~。明日も仕事こいよ」  雑に手を振りながら、脱力した感じで裏路地へ入っていく彼のあとに続く。  全然遠ざからない足音に、リーンはびっくりして振り返った。 「なんでついてきてんの! お前のい……えじゃなくて、くすりばこは向こうだろ」  フリーは当然のように答える。 「夜道は危険ですよ。送ります」  目をぱちくりさせた後、リーンは呆れたように息を吐く。  いらんいらんと手を振る。 「俺様、こう見えて強いんだぞ? 無用な心配だぜ」 「たとえ先輩が宇宙一強くても、俺は同じこと言いますよ」  自分の声に応えてくれる人を、フリーは大事に思っている。  だから、彼らを守るためなら惜しまず力を使う。その代償が日常だろうとも。 「……」  彼の瞳を見て、リーンが何か言いかけた。しかしこれは何を言ってもついてくる目だ。  はぁと、息を吐き、気を取り直して後頭部で腕を組む。 「そっか。それなら送ってってもらおうか」 「はい」  二人並んで歩き出す。来た道をしっかり覚えておかなければ。ニケを背負っているのに、迷子にはなれない。フリーは内心必死だった。 「結局、お守り買えなかったなー」 「明日には補充されているといいですね」 「おう。明日リベンジよ。アキチカ様の舞もあるしな。でも調子に乗ったせいで財布がスッカスカだから、お守り買って舞いを見たら、すぐに神社から去ろうな。誘惑に負けちまうぜ」  一度瞬きし、フリーを見上げる。 「明日も行こうな?」  フリーは少しだけ、人の悪い笑みを浮かべた。 「はい。先輩はまた人助けしているでしょうから、鳥居前で気長に待ってますね」 「こいつ」  リーンが肩を小突いてくるが、じゃれ合っているようなものなので痛くはない。  彼を家に送り届けくすりばこに戻るも、キミカゲはまだ帰っていないようで、明かりはついていなかった。  敷いた布団にニケをそっと寝かせる。あー可愛い寝顔。 「ふぅ。俺も寝るか」  バサバサと雑に脱ぎ、寝間着に着替え、同じように横になる。 「おい」 「! ニケ。起こしちゃった?」  枕に乗せた頭をすぐ持ち上げると、赤い瞳が自分を見ていた。  ――明るい所ではなんとも思わないけれど、暗闇では迫力あるんだよなぁ。  すぐに正座しようとするが、止められた。 「横になったままで構わん。聞きたいことがある」 「え? うん。な、なんでしょう」  何を聞かれるのかとドキドキしながら、這うようにニケににじり寄る。 「お前さん……。鬼族の男から僕を庇った時「ほっぺ、もちもちしてそうだし。俺も触りたい」的なこと言っただろ」  盛大に口を滑らしたことを持ち出され、フリーは過呼吸になった。 「かひゅっ。そ、それは!」  言った。確かに言った。でも、流れでうやむやになったと思い、完全に安堵していたのだ。  ごろりと、ニケは身体ごとこちらを向く。 「……触りたいのか?」 「えっ?」 「だから、僕のほっぺ。……触りたいのか?」  フリーは呼吸も忘れてフリーズした。  これ、答えを間違えたら、物理的に消されるやつか?  考えろ! そして落ち着け餅つけ!  餅ついてどうする。  正直に話すべきだろうか? しかし言いたくない気持ちの方が強い。  焦りばかりが前に出て、思考が纏まらない。じっと見てくる赤い目が急かしてくるようで、フリーはあわあわと口を開く。 「あ、ああ……確かに俺は小さい子が好きだしその上ケモ耳とかモフモフがついていればなおサイコー、とか思っているけど、けして変な意味ではなくて。もちもちやわらかいものとモフモフしたものが好きって意味でつまり何が言いたいのかというとはい触りたいです……っ!」 「……」  ニケの視線が刺さる。  フリーは人生終了したように顔を覆う。  落ち着けていないし、思ったこと全て口から出た。 「ふーん。じゃあ僕のことや衣兎(ころもうさぎ)族のうさ耳や巫女さんの尻尾をガン見していたのは、気のせいではなかったわけか」 「さて、遺書でも書くかな」  先輩には悪いことをした。お祭りに一緒に行くと約束したのに。しかしこんな発言をしたからには、ニケに吹っ飛ばされて壁貫通する未来しか見えない。

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