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第84話 そこが一番知りたいんですけど

 リーンはフリーの居る部屋を見る。 「フリーのやつ、わりと血を流していましたし。大事のために一日様子を見るとしても、治るのに二~三日はかかりそうですかね? すぐ復帰できそうなら、ディドールさんには心配しないよう伝えておきます」  もちろんキミカゲは首を横に振った。 「ええっと。あのね? 人族ってのは下から数えた方が早いほど、身体が弱い生き物でね?」 「……え?」 「だから治るのに何週間もかかるし、もしかしたら今月中に目覚めないかもしれない」 「は? え、ええっ?」  リーンの驚きにものすごく共感できるニケは「かつての自分みたいだな」と、汗を垂らした。 「軽い打撲と、腕千切れかけたくらいじゃないですか?」  彼、星影にとっては「くらい」といえる程度の怪我なのだろう。  腕はここにキミカゲがいなかったら二度と動かなかったかもしれない。 「うん。それは彼らにとっては「大怪我」の部類に入るから」 「……」 「絶対安静だよ。なのに、その状態で戦い続けたのも良くないね。魔九来来(まくらら)までばりばり使っちゃって。やれやれ、無茶をする」  口をあんぐり開けて放心する星影の頭をひとつ撫でる。彼の足の怪我はもう治っていた。  ニケは翁の背中にしがみついたまま、リーンに恐る恐る尋ねる。 「あの。リーンさんは? フリーのこと、嫌いになりました……?」  突然人族だと言われても、受け入れられないだろう。「もう関わらないでくれ」と言われたら。「人族とその仲間」だと、嫌悪にまみれた目で見られたら。もう、フリーと山中に籠ろうか。そうして、静かに暮らそう。  リーンは意味が分からないというように目を丸くする。 「え? なんで嫌いになるんだ? そもそも人族って、何?」   「……ほへ?」  可愛い声を出すニケに、キミカゲは吹き出すのを堪える。 「宙(そら)の民は地上のあれこれには疎いからね。付き合いの長い海の民と違い、ほんの数百年前までろくな交流もなかったんだ。知らないのも、無理ないさ」  リーンは頭の後ろで手を組んで壁にもたれる。 「俺を助けるために大怪我したやつをどう嫌えって言うんだよ。……あー、そういや日照り病で、この街の誰よりも真っ先にぶっ倒れていたなあいつ。そうか、身体あんまり強くなかったのか」  知らなかったぜと言いながらもたれるのをやめ、お茶をすする。 「……」  あんなに必死になって隠していたのはなんだったのか。  ニケはブリキ人形のように、ギギギッと首を動かす。 「あ、あの。翁は……? ど、どう思ってます?」 「ん? 私は君たちの味方をすると約束したはずだよ? それに私、何度か人族に会ったことあるし」 「ほえっ⁉」  彼の生きてきた年月を思えば、一度や二度、会っていてもおかしくはない。おかしくはないが。 「じゃあ、フリーが人族って、バレバレだったってことっすか……?」  口調まで変わっちゃっているニケに、申し訳なさそうに笑う。 「ん、まあね。でも隠している理由も、隠さなきゃならない理由も分かるから。この話はここだけの秘密にしよう。リーン君もいいかな? 協力してほしい」  話を振られたリーンは気安く頷く。 「はい。それとついでに、俺のことも言いふらさないでくれると助かるんですけど~。着物のせいでどうしても目立つので色々諦めてはいますけど、積極的に言いふらすのはやめて?」 「星影も狙われやすいものね。もちろんだよ」  快く承諾し、話は終わったと言わんばかりにキミカゲも湯呑に口をつける。 「翁! 他の人族はどんな感じだったんです? よければ教えてください」 「あぶぶぶ」  終わってなかった。  口を付けようとしたら小さな手に肩を揺すられ、お茶をこぼしそうになる。熱湯を注いできたんだから、危ない危ない。 「ふう。一緒にいた期間は短くて、本当にすれ違った程度だけど?」 「構いません。お願いします」 「うん……。そうだね。悪くはないひとときだったよ」  もっと話してほしそうに目の前でちょこんと正座するニケに、キミカゲは「えーっと、えーっと」と記憶を掘り返す。 「会話していて思ったことは、彼らは総じて知能が高いってことだね」  ニケは眉をひそめる。 「聞いておいてなんですけど。記憶間違ってまいせん? それ」 「知能……? 高い……?」  怪訝な顔をする子どもたち二名。フリーしか情報がない彼らには、納得しづらいのかもしれない。  あははと乾いた笑いを浮かべ、続ける。 「いやいや。間違ってないさ。一人目は呪われているのかと思うほどどんくさかったけれど、覚醒魔九来来(まくらら)を風のように操り竜と引き分けて見せた。あれは驚いたね……」  人族で最強は彼女だったかもしれない。 「二人目は命が危うい場面でも自分を顧みず、他者のために手を伸ばせる心があった」  その美しい心のせいで、早死にしてしまったけれど。 「三人目は性格が終わっている話すたびに吐き気がした真正外道だったけど、この世界に無かったものを生み出す創作力がずば抜けていたよ」 「……」 「……」 「みんなが褒めてくれる私の薬の中には、彼らの斜め上の発想力を借りて完成させたものもいくつかある。ゆえに、彼らが滅んでしまったことは、少なからずショックだったね。いや、滅んでなかったようだけれど」  最後が早口になったのは、隣の部屋で寝ている存在のせいだろう。  翁は眼鏡を指差す。 「ちなみにこの眼鏡を発明したのもあの腐れ外道……じゃなくて、彼だったよ。彼らは視力が劣化していく生き物だったから。こういう……「自身の足りない部分を補うもの」をぽんぽん生み出していく。見ていて面白かったよ」 「うーん?」  なおさら分からなくなったと、リーンは首を傾げる。 「聞いていると、悪くない種族に思うんですけど。実際フリーも、その、気のいいやつですしね……。なんでニケさんは隠していたんですか? 隠す必要、あるんですか?」 「んん~」  これはどう説明したものか。おとぎ話で悪役として登場する生き物。幼少期から聞かされていれば、「そう」なのだから「そう」なのだと決めつけ、考えを放棄してしまうだろう。  ニケだってフリーと会うまで、人族なんておとぎ話の中にしかいない生物だと思っていたし、語られている内容と違いすぎて首を傾げたものだ。  悩むニケを見て、キミカゲは悲しそうに言う。 「それはね。人族はめちゃくちゃ悪役として、物語に記されているからさ」  リーンの頭上には「?」が渋滞している。  だがそこでキミカゲは目を閉じた。まるでこれ以上、語るつもりはないと言うように。 「「……?」」  もどかしそうに、ニケとリーンは顔を見合わせた。  そこが一番知りたいのだが。言わないということは、知ると危険……またはよくないこと、なのだろうか。  翁は、ニケやリーンが困るような事態になることは言わないだろうから、ここは納得するしかなかった。不承不承ながら。 「あの。もしよろしければ、星影……リーンさんのことも聞いて良いでしょうか?」  単純に宙の民に興味があったし、なぜ地上にいるのかも気になったからだ。 「っ」 「あ! 言いたくないならいいのです」  痛みを堪えるような顔になったリーンに、慌てて手を振る。聞いてはいけないことだったか。 「いや……。アキチカ様やキミカゲ様は知っているから、別にいいよ」  リーンは自身の頭の上を指差す。

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