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有罪 2
自分自身の身長が平均値とは言え、ここまで見上げる相手と言うのは滅多にいない。
すいぶんと立派な体格だと思うも天辺についた頭はしゃれっ気も何もない黒い短髪だし、服装も堅苦しいスーツ姿だ、伸ばした茶髪でラフな服装のオレとはわずかの共通点もなかった。
生真面目そうな顔立ちの中で唇が少し分厚い感じがして、それが堅苦しい中でわずかな色気を放っている部分だった。
「佐藤……だけど」
学習能力がないとでも言いたいのか、佐藤と名乗った男は自分の名前を繰り返す。
突然呼び止められて、佐藤佐藤と繰り返される気持ちの悪さに無視しようとした時、待ち合わせ場所に着いた時に「今、暇?」と声をかけて来たサラリーマンがいたことをふと思い出した。
値踏みするようなその目つきは、オレの恋愛対象が男であることを見透かしていて、その上で声をかけてきているのがはっきりとわかる下品なものだった。
ばっさりと断るとすぐに隣に座っていた似たような感じの子に声をかけに行って……
その子は携帯電話から視線を外さないまま「サトウさん?」と問いかけ、首を振るサラリーマンに「まぁ誰でもいっか」と漏らして飛びついた。
ぐいぐいとくる様子に怯んだサラリーマンの腕を引っ張りながら、ここは暑いから涼しいところに行きたいとホテル街の方を指さし、「名前? ケイトだよ! ケイって呼んでくれる?」と大きな声で言って……
他人の会話を盗み聞く気はなかったけれど、あれだけ大きな会話だと自然と耳に入ってしまった。
「ああ、アレか」
そのサラリーマンと消えた子も、オレと同じように茶髪で赤い服を着ていた。
目印にしていたのだとしたら間違えても仕方がないだろう。
「あの、それって 」
人違い と言おうとした瞬間、佐藤と名乗ったサラリーマンが唇を湿らせるためかわずかに唇を動かした。
この暑い季節にしっかりと絞められたネクタイ、隙のないスーツ、その中でわずかだと感じた少し分厚い感じの唇が酷く色っぽいのだとわかってしまって……
ついさっき、恋人に振られて自棄になっていたのもあったのかもしれない。
けれどオレ好みのしっとりとしてそうな唇が煽情的で、目が離せなくなってしまったのは事実だった。
そして、その事実が傷ついた心にジワリと染み込んで、オレに何かを囁きかける。
「…………そう。ケイトだよ、佐藤さん」
だからつい、そう笑顔で返してしまった。
部屋に入った途端、ひんやりと身を包んだ空調に身震いする。
外は夏に向けて暑くなり始めていて日差しの下だと汗をかくくらいだったから、その落差は寒いと感じるほどだ。
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