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有罪 4
「やる気がないなら来るなよ!」
ちょっと、唇が煽情的だなって思っただけだ。
ちょっと、したことのなかったことをしてみようと思っただけだ。
ただそれだけの感情でついてきただけの相手なんだから……
「っ……」
「帰る! 何しに来たのかわからないような奴の相手なんかできるかっ!」
「待ってくれ!」
さっと伸ばされた手が手首を掴んでくる。
大きいと感じた手はやっぱり大きくて、オレの手首を掴んでも余裕があるほどだ。
熱い。
外の熱気が冷めてないんじゃない、大きく跳ねる脈拍と共に伝わってくるやけどしそうな体温に、見た目からは伝わらない佐藤の興奮を感じた。
「試してみたかったんだ、……男と出来るか」
見た目通りの生真面目な調子で佐藤はそう言った。
精いっぱい爪先立ちになりながら佐藤の首に手を回し、思った通りのしっとりとした感触の唇を堪能する。
とは言えキスを味わっているのはオレばかりで、佐藤は唇を引き結んだままだった。
懸命に吸いついて舌を這わせ……けれど佐藤からは反応らしい反応は返らない。
「ん……やっぱり、男とは無理なんじゃ?」
長く唇を合わせていたからか隙間ができるとひやりと感じる。
それが二人の心……と言うか、気分の距離なんだと納得して首に回していた手をほどいた。
「よかったね」
腕に残る微かな熱を名残惜しいと思わなくはないけれど、佐藤がノンケかどうか確認したいだけだと言うのならばオレがこれ以上できることはない。
幸いにして一時の気の迷いだと言うのなら、この男はこれから女性と付き合って家庭を築いていくと言う輝かしい可能性を持っていると言うことだ。
オレのように、汚いものとして親から蹴り出されることもない。
融通は利かなさそうだけれど、顔立ちも悪くないんだし将来は安泰なんだってわかる。
「じゃあ、そう言うことで」
恋人に重いと言われて振られてしまうような行動を変えたくて、衝動的にとった行動はどうやら失敗らしくて、結局オレはオレのまま変われずにいないといけないらしい。
半ば予感があったとは言えあっさりと捨てられてしまったと言う事実を、どうやって乗り越えればいいのかわからないままソファーにかけたシャツに手を伸ばした。
「ホテルの支払いくらいはおねが っ」
くぃっと視界がぶれた。
それは一瞬の出来事で何が起こったのかわからず、「あ?」と間抜けな声が出たけれどそれも押し付けられたソファーに沈むように消えていく。
「な、なに……」
のしかかる体の重さは経験したことがないような重量で、息が詰まるような恐怖に反射的に腕を突っぱねた。
がっしりとした胸は押してもびくともしない。
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