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有罪 27
そもそもこの水で淹れる茶は、二人して料理がしてみたいと家政婦に駄々をこねた際、一番最初に教えてもらったオレと姉の思い出の品だ。
昔は茶葉を水に入れただけだと言うのに料理ができる気になって、随分と大人になった気になっていたけれど……
「私も、そうやってできるかな?」
「お茶なら室井さんに頼めば? ……あ、もう辞めちゃった?」
小さな頃から何くれと親切にしてくれた家政婦の顔を思い出し、きちんと挨拶もできないまま会えなくなったことを思い出した。
雇い主の息子とは言え長く関わってきたのだし、少しは寂しく思ってはくれているだろうかと苦笑する。
「うぅん」
弱く返される声に要領を掴めず、こてんと首を傾げてみせた。
辞めていないならば、お茶が欲しいと言えばそれだけでいい。そもそも自分自身で淹れる必要のない生活をしているのだから、どうして自分でする心配をするのかがわからない。
俯く姉の背中から強まり始めた初夏の西日が差し込んで、表情を暗く沈ませる。
忍び寄るようなその気配に、オレは家を出て随分と鈍くなってしまっていたんだと思い知った。
「……姉さん、まさか 」
黒い髪に落ちる影のせいか姉の表情がはっきりと見えない。
オレが思い至ったその理由が正しいのか間違っているのかさえ、返事をしてくれれば……と姉の肩に手を置いた。
「結婚するのだそうよ。……私」
わずかに震えながら告げられた言葉は、まるで自分のことではないような言い方だ。
それが、父がしたことに対する最大限の抵抗なのだとしても、結局は自分を傷つけるようなやり方だった。
現実から逃げたところで、心を置き去りにして周りが進んでいくだけで何も解決はしない。
むしろ手綱を離してしまった瞬間から、自分の人生だと言うのに自分自身が主役ではなくなってしまう。
「姉さん!」
強く呼びかけると、はっと顔を上げて困ったように微笑んだ。
「急に言われて、困ってしまったわ」
言葉はおっとりとしたものだったが、この姉があれほど思いつめるような様子を見せるのだからただ言われただけ……と言うことはないだろう。
自分の意思を曲げず、家族は自分の思い通りに操れ、どのように扱ってもいい、そう思っている父のことだ、今回の結婚の話を持ち出した時に何を言われたのか、想像するだけで胸が痛んだ。
それでも笑顔を浮かべることのできる姉の、しなやかな強さはオレにないものだ。
「それって、もう結婚が決められたってこと⁉ お見合いじゃなく⁉」
姉は色の悪い顔のまま小さく頷く。
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