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有罪 30

 会社のビルに入り、場違いだとはっきりとわかるエントランスを居心地悪く通り抜けて受付へ向かう。  声をかける前の段階で受付嬢達は警戒しきった顔をしていたし、話を聞いてもらえそうな雰囲気は微塵もなかった。 「社長の河原の息子ですけれど」  そう告げてはみたが、二人の受付の目はオレの頭から爪先を品定めするように見るだけで、返事すらしない。  自分の明るく色を抜いた髪に、社会人ではないと知らせるラフな私服姿には顔をしかめるしかなかったが、髪を黒くする余裕もスーツを買う余裕もないのだから仕方がなかった。  一応身分証明のために大学の学生証を提示してはみたが、これでどこまで相手にしてもらえるかはわからない。  二人は顔を見合わせた後、突っ返してくるかと思っていた学生証に手を伸ばして困惑の表情のまま確認をしている。   「父に用事があってきました」 「大変申し訳ございません、ただいまこちらには……」  「いない」の言葉を聞く前にさっと歩き出す。  やはり、アポもなければ顔を見せたこともないような息子となのるだけの人間に案内なんてあるはずがない。ましてや今の自分の外見が社会人から見て好ましいものではないのがわかっているだけに、門前払いを食らわされるのは想定内だった。  幸い、一度ここへは届け物を持ってきたことがあったから、社長室がどこにあるのかはわかっている。  背中にかけられる「お待ちください!」の声を無視して走るようにしてエレベーターに向かっていると、入り口の方でざわりと声が上がるのが聞こえた。  さっと視線を向けると……記憶の中とまったく変わらない……いや、よりふてぶてしくなったような雰囲気の父がビルの中へと入ってくるのが目に入る。  何か機嫌が悪いのか大声で人を威嚇するように喋っていて、その態度は以前のままだったしオレを萎縮させるには十分だった。 「  っ」  苦しく感じる喉を擦りながら、意を決して顔を上げる。  怒鳴られているのは以前に顔を合わせたこともある秘書の人で、申し訳なさそうに繰り返し頭を下げていた。  顔色の悪そうなその姿を自分に重ねて、今ならまだ引き返せると頭のどこかが警鐘を鳴らしているのに、それでも姉を救いたくて怒鳴りながらこちらに向かってくる父に向けて「お久しぶりです」と声をかける。  震えなかった声ははっきりとしていて秘書には届いたようだったが、父には届かなかったらしい。  怒声の音量は変わらずで、秘書が気まずそうな顔をしてオレと父と見比べていた。

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