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有罪 31

 その動きで、父はやっとこちらを向いた。  最後の父とのやり取りは……いや、やり取りと言えるのかはわからないけれど、最後の記憶は殴られて倒れ込んだところを蹴り出されたことで…… 「なんだ?」  頑固そうな顔をしかめてオレをねめつける目には「不審者か?」と言う感情が溢れていた。  父はどうやらオレが息子だとわからないようで、受付嬢に向かって怒鳴り声をあげている。 「ご、ご子息様と窺っております」  それでなくとも強面の顔をしている人間に睨まれて、受付の二人は今にも泣きだしそうだ。  学生証を握り締めていることに気づいた父が、大股で近寄ってむしるようにしてそれを取り上げた。  今にも泣きそうな顔の受付嬢には同情するが、こんな会社に就職する方が悪いんだと斜に構えた気分で考える。 「────  は!」  心底どうでもいいゴミを見てしまったかのような吐き捨てる笑い声に、膝が震えそうだった。  父は、こちらを見ない。  父は、話を聞かない。  父は、人を人と思わない。  父は。 「  ────っ」  どっと冷や汗が噴き出るのを感じながら、擦るようにして一歩踏み出す。 「姉さんのことで話があってきました」 「姉? うちは娘一人のはずだが」  にたりと人を見下すような視線は、オレが誰かわかっていての所業だ。  娘はいるがそれ以外には子供はいない……と、堂々の言う姿は子供が家を飛び出して姿を見せなくなっても、何も感じていないのだと物語っている。  「あー……そっか」とぼんやりと心の片隅で思ってしまうのは、この期に及んでもオレは親なんだからって考えがあったからかもしれない。   「……オレが居ようが居まいがどうでもいいですが、姉さんをぞんざいに扱うのはやめてください」 「ぞんざい?」 「道具のように、会社に都合のいい相手と結婚させるなんておかしいだろ! 結婚は好きな相手とするべきだ! 姉さんを会社の犠牲にするな!」  叫んだ声がひっくり返らなかったのはオレにとって救いだった。  けれど急に出した大きな声のせいで喉がひりついて、今にも咳込んでしまいそうだ。そうなったらきっと涙が勝手に流れてしまって、この男の前に無様な姿を晒していただろう。  しんと静まり返るエントランスに、はは! と野太い笑い声が響く。 「佑衣子が会社の犠牲だと? さっさと逃げたお前がそれを言うか?」 「は……?」 「お前が居れば事足りた話を、役目をすべて放り出して逃げたお前の代わりに佑衣子が肩代わりしただけの話だろう?」  指先からピッと音がして、へし折られた学生証が足元へと投げ捨てられる。

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