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有罪 45

 幾度となく説得はしてみたけれど、姉は困ったように笑い返すだけで結局は首を縦には振ってくれなかった。  いっそ無理矢理逃げてしまおうかとも思ったけれど、きっとそんなことをしたところで姉はよしとは言ってはくれないだろう。  ただただ、オレにできることは求められた時によい弟を演じて、姉が嫁ぎ先で悪く言われないようにするくらいで…… 「先方には今後会うことはないでしょうから、今日ぐらいまともな正常な姿を見せて頂戴」 「  っ」  こちらを見ないまま言い放つ母の背中を見て、自分の生き方がそこまで言われなければならないのかとぐっと唇を噛んだ。  先ほど脳裏をよぎった駄々をこねる案に一票入れたい気分のまま、「その前にトイレ行きたいんだけど」と背中に投げかけた。  やはり母は振り返らず、溜息を吐いた雰囲気だけを漏らして「行ってきなさい」と言ってトイレの案内のある方へと視線を向ける。  それだけはっきりとものを見ることができるならわずかでもこちらを見てもいいのにと思いながら、オレ自身も何も言わずにそちらへと向かう。  多分、もう昔のように会話するのは無理なんだろうなと、振り返った先の母を見て思った。  ロビーの奥に見えるガラスの向こうの庭園を見る瞳ははっきりと景色を映しているが……ただそれだけだった。  人形のように感情を見せない横顔を振り切るようにしてトイレへと駆け込むと、楕円の鏡に迷子の子供のような顔が映る。 「は はは。情けない顔」  電話を受けた時は半ば怒りに近い感情で、家族の顔合わせくらいできる! と意気込んでいたが、実際に親と言う血の繋がった相手からの態度に触れてしまうと、何とか保っていたものが崩れ去ってしまいそうだった。  男を好きになる自分がおかしいのか?  父の言う通り治療すれば治るのか?  そうすれば……姉の結婚にはまだ間に合うのか?  きつく見えるアーモンド形の目の縁に涙が溜まって、先程自分が言った通りに情けない今にもくしゃくしゃになりそうな顔だ。  拭えもしないのに鏡の自分に手を伸ばして涙を拭おうとして…… 「  アキヨシ」  光を吸って銀色の存在感を主張する指輪が目に入る。  アキヨシが指にはめてくれたそれが放つ光は力強くて、涙なんかよりももっと輝いて美しい。 「アキヨシ……アキ   ────っ⁉」  さっと空気が動いて髪が揺れた。  開きかけた扉に気づいてここが公共の場だったんだと気づいてさっと口元を押さえて……でも、やっぱり「アキヨシ?」と声が出る。  飛び込んできた相手もオレを見て驚いたのかぽかんと口を開けて、普段は何事にも動じませんとでも言いたげな目が丸くなった。

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