49 / 86
有罪 48
アキヨシはそう言うと、自分が激情に任せてキスをし、その続きまで行おうとしていたことを恥じるようにうなだれる。
「アキヨシは? さっきの人、知り合いなんだろ? どうして逃げて?」
「……」
大きな手で顔を覆ったアキヨシは、オレの顔とトイレの出入り口の方向を見比べて「抜け出さないか?」と低い声で囁いた。
「あの人は父だ」
アキヨシが運転する車の助手席でそのことを聞き、思わず飛び上がりそうになった。
シートベルトがあってよかった! と思いながら、どうして父親から逃げていたのかを尋ねる。
「……騙されたんだ」
「?」
要領を得ない言葉では返す言葉はなかなか見つけられない。代わりに首をこてんと倒してみると、オレの意図を汲んだのかアキヨシが小さく笑った。
ホテルを出て随分離れてからやっと見ることができたアキヨシの緩んだ顔だ。
「会社の懇親会があるって聞いたから来たのに、見合いだった」
「見合……」
呟いたくせに、その言葉の意味をよくよく考えてみると口に出すべきじゃなかった。
思わず口を押えたオレに、アキヨシは困ったような微苦笑を向けてから溜息を吐く。
「世話になっているから、大概のことには応えたいと思っているんだけど……俺にはこれがあるから」
そう言うとネクタイのきちんと絞められた首元から鎖を引っ張り出す。
その先端にはきらりと光を弾く輪っかが付けられていて、くるくる回るにつれて輪の内側にはめ込まれた宝石が万華鏡のようにキラキラと光の粒を弾いた。
オレからは見えないけれど、『ケイト』って書かれた指輪を見てほっと胸を撫で下ろす。
「そ、そか 」
照れくさくてもじもじと指先を膝の上で絡ませ続ける。
「それで……これからどうするの?」
「……ひとまず、どこか落ち着ける場所に行こうか。……! そう言えばケイのご家族の方は大丈夫なのか⁉ 俺は……自分のことでいっぱいいっぱいで……」
「うん。姉に、お腹が痛すぎてトイレから出られないから、参加できませんって連絡しておいたから」
「せっかくの顔合わせだったのに……すまない」
オレを見ずに真っ直ぐ前だけを向いて運転する横顔は、ともすればホテルのロビーにいた母を思い出させたけれど、オレのことを気遣ってくれているってわかっているせいかアキヨシからは拒絶されるような冷たい印象は受けない。
うっとりと横顔を見つめて、見合いから逃げ出すくらいオレのことを思ってくれているんだって嬉しくなって一人でにやにやと笑ってしまう。
「気にすんなって……って、なんかやけにサイレンが多いな」
ともだちにシェアしよう!