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有罪 53
「……ごめんなさい、こんなにはしゃいじゃ駄目よね」
さっきまで満面の笑みだったのが、少し困った笑顔に変わってしまったことに罪悪感を覚えてぐっとうつむいた。
その際、視界に入った鈍い銀色の指輪に気づいてそろりと指から滑らせる。
指輪はアキヨシとオレに残された最後のよすがだったけれど、姉の幸せを祝わないといけないこの場に出すのはオレの心が苦しくて、逃げたい心の代弁をさせるかのようにスーツのポケットへと隠した。
「私は控室に戻るけれど、どうする?」
「オレは……控室には母さんがいるだろ?」
母がいると言うことは父もいると言うことで、この二人にタッグを組まれて延々と傍で非難されるのはごめんこうむりたい。
今日と言うめでたい日にまでさすがに……と思うも、二人の性格を考えるとそんなことを考えるとも思えなかった。
「ごめんね、こんな日なのに」
「うぅん……あ、でも、 お、に 」
お義兄さん の言葉は少しつっかえた。
「んっ……お義兄さんに、挨拶はしないとだよね」
顔合わせの時にドタキャンしたのと、その後の入院生活とそれからアキヨシのことで会う機会がなくて、親族になると言うのに顔を見たこともないままだ。
写真くらいは見せてもらって、事前に心構えの一つでもしておくべきだったんだろうけど……
「新郎控室にいるから、行ってくる?」
「えっ……姉さんは来ないの?」
「だって、式の前って新郎に会うとよくないって聞くから」
照れくさそうにそう言って手を振る姉に、由来を話してやろうかと言ういたずら心を持ちつつも、そんな皮肉めいたことをするのも……と思い返して肩を竦める。
姉が教えてくれた花婿の控室の方へと向かい、幾度もそこが控室だと確認してからノックした。
「 ──── はい」
その、扉を挟んで聞こえて来た声に何かを感じなかったわけじゃなかったけれど、勢いのままにドアを開け────
「は?」と声が出たのは開いた扉の向こう、真正面にいた人物とぱちりと目が合ったからだ。
生真面目そうな黒い瞳が揺れてオレを怪訝に見遣り、傍らの年配の男性に窺うように視線を移す。
タキシードを着た明らかに新郎とわかる男とその父親らしき人物の二人から視線を向けられて、オレは絞り出すように「はじめまして」と言葉を紡いだ。
「本来ならもっと前に挨拶に来るべきだったのですが」
そう言ったところで相手はオレが誰だか気づいたのかほっとした表情を浮かべて、オレの名前を呼んでくる。
……呼んできたはずなのに、心臓の音がうるさくてオレにはそれがなんて呼んでいるのかわからなかった。
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