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有罪 54
笑え!
と、ただひたすら叫びながら唇の端を吊り上げる。
多少不自然だったかもしれなかったけれど、相手は緊張しているのだと思ってくれたはずだ。
ぎこちないオレにお茶を勧めてくれたけれど丁重に断って……ロボットになった気分で右、左、と足を出して控室を出る。
背中に扉を感じた瞬間、どっと信じられないほどの汗が噴き出す。
いや、噴き出すなんてもんじゃない。
まるで水中に放り出されたかのように全身が湿気って、肺がうまく動いてくれないせいか呼吸ができなくなった。
ぶくぶくと沼の底に引きずり込まれるかのような感覚に溺れながら、後ろの控室……花婿がいた部屋を振り返った。
「……は?」
息苦しいのはネクタイを締めているからだと思い、慌てて首元を探るもうまく緩めることができない。
友人から借りたスーツのサイズがきつすぎたのかと思うも、そんなわけなかった。
幾度も幾度もぐるぐると思考を巡らし、巡らして……
西宮家控室の文字にぽかんと口を開けた。
生真面目そうな瞳をした全体的に堅苦しい印象を受ける顔立ちの中に、少し厚めの唇が色気を出していて、それがオレの好みだった と思う。
誠実にオレと共に生きたいんだと話してくれた男が……どうして白いタキシードを着てあそこにいたんだ?
「……なん…………」
なんなんだ! と叫びそうになったのをわずかな理性で押し留めて走り出す。
今からもう一度控室に飛び込んで、どう言うことだと問い直すのは簡単だったけれど、オレを見たアキヨシの表情には一点の曇りも後ろめたさもなかった。
まるで本当に初めて出会ったとでも言いたげな態度に……
「そん っそんな、器用な奴じゃ、な い だろ……?」
真っ白になった頭でトイレへと駆け込み、真っ青な顔を映した鏡を見る。
何が起こったんだろうと自問自答して深く呼吸を吸い込んでから、もしかしたらよく似ていただけかもしれないと思いついてゆっくりと息を吐き出す。
「……似てる人間が……いるって言 」
そう言いかけて言葉が止まった。
鏡に映る扉が静かに開いて、そこから覗く顔は……
「あ、圭吾くん……だよね、様子がおかしいから追いかけて来たんだけど、大丈夫かな?」
「 ぁ 」
本来なら、自分の結婚式の日にこうして義弟の心配をしてくれるなんて優しい人だ とでも思わなければならないのに、オレはどんどんと血の気が引いていくことに気を取られてそれどころじゃない。
真っ青になったオレに近づいてくるアキヨシそっくりな男を見上げて、体中が震える。
「具合がよくない?」
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