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有罪 55
「具合がいいわけないだろ!」と怒鳴りつけてやれたらどれだけよかったか……
結局オレの喉から出たのは呻き声だけで、アキヨシによく似た男はさっと顔を曇らせて手を差し出してきた。
「動ける? 控室には横になれそうなソファーもあるからそこまで移動しようか」
躊躇なくオレを支えようとしてくる姿は、アキヨシそのままだ。
タキシードが皺になる心配とか、具合の悪い人間を介抱してゲロを吐かれたりとか、そんな心配をかけらも気にしていない人間の動きでオレを介抱しようとしてくれる。
さっと肩と腰に手を回されて……至近距離で触れ合うとわかる。
溺れるんじゃないかってくらい吸い込んだアキヨシの香りだ。
「……っ」
体に触れてきた感触も、アキヨシだ。
声も。
匂いも。
感触も。
指の甲にあったほくろも。
何一つ、記憶の中のアキヨシと誤差のない……
「…………あ、の、オレと以前、会ったこと覚えてますか?」
最後に縋れるものとして、オレはそう質問した。
この期に及んでアキヨシはオレとは知り合いじゃないとすっとぼけるだろうか?
それともやっぱりバレていたか みたいにバツの悪そうな顔をするだろうか?
もしくは、声かけるんじゃないって怒り出すだろうか?
「ないと思うんだけど。どこかで会った?」
逆に問い返されて言葉に詰まった。
スカスカとする薬指を動かしながら、アキヨシは結婚前に少し遊んでみたかっただけだったのかもしれないって思うと、胸の内が冷えた。
「あはは、でも圭吾くんのさっきの言葉ってナンパみたいだね。佑衣子さんに会った時に、俺もそれを言っちゃって笑われたんだ」
気分を変えさせようとでもしているのか、姉との出会いを話されて……オレはますますどうしていいのわからなくなる。
「圭吾くんも最近入院していたんだろう? その後遺症かな? まだ体調が万全じゃないのに来てくれてありがとう」
「ぁ、ぅ 」
ありがとう と言われて「うるさい」と返さなかった自分を誇りたくなった。
この目の前の男は、この距離で触れ合っていながらどこまでオレのことを知らないふりするんだろうか?
「佐藤」
トイレを出る直前、硬い声で名前を呼ぶとやっとそこではっとした顔をしてくれた。
さっとオレを見る目には明らかに動揺が浮かんでいて、オレの放った偽名がなんらかの揺さぶりをかけたのは間違いないようだ。
「 っ」
気まずそうにオレを支えていた手をそっと引っ込め、今まで浮かべていたにこやかな笑顔を消してじっとこちらを見つめてくる。
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