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有罪 56

「どこまで知っているのかな」  問いかけているようで、その声は全然問いかけている雰囲気を持っていなかった。 「どうりで君と会えないはずだ。入院なんて嘘を吐かれていたなんて」 「入院は、本当だよ」  さっと左手を差し出してみせると、アキヨシはそこに走る大きな傷跡を見てはっと身じろぐ。  男にしては指が細くて長くて……ちょっと自慢だった手には、今やあの事故で負った傷跡が残っていて綺麗とは言い難い状態だからだ。 「オレが佐藤って呼んだ理由は、わかってるだろう?」 「  ……ああ」  先程までの血色のよかった顔色をくすませ、アキヨシはまっすぐに唇を引き結んだまま視線を下げた。 「だからと言って、それが今更問題になることはないと思うのだけれど?」 「は?」 「佑衣子さんも知っている」  知っている?  この、西宮アキヨシが佐藤アキヨシと偽名を使って出会い系で男をひっかけ、指輪を送って一生を過ごしたいと告げたことを⁉  例え話したとしても、相手が赤の他人と自分の弟では話が違ってくる。  それを承知で、この態度なのか? 「正気じゃない」 「っ……君からしたら、考えられない世界かもしれないけど  そう言うことも必要なんだ。君がそのことで騒ぎたい気持ちもわかるけれど、これは両家のこれからのことにも……関係してくる」  口ごもるような言葉だったが、それでもしっかりと言い放ち、好きだった真っ直ぐに見る視線が射殺すように睨んで……  いつから息を詰めていたのかわからない。  けれど視線が外されるまでオレの呼吸は止まったままで、引いた血の気のせいか何を言われたのかもさっぱりだ。  耳が拾う音が遠い。  前を見ているのに真っ暗だ。 「俺は佑衣子さんの夫として後ろめたいこともなく、真摯に向かい合うつもりだ。それを君にもわかって欲しい、ことを荒立てず、君の胸の内に収めて欲しい」  そう言ってぽんと叩かれた胸元にはアキヨシからもらった指輪の固い感触があって、オレは混乱してしまったのか何も考えられないままに手を振り払った。 「  っ」  随分と邪険に振り払ってしまったのだと思う、さすがにアキヨシもむっとしたような表情をしていたから。  きっとそんな顔も状況が違えば新たな一面を見れたと嬉しく思えていたかもしれない と、脳味噌の片隅で考えながらよろめくようにして距離を取る。  真っ白い花婿のタキシード。  幸せそうに笑う姉の姿。  晴れやかな日なのだと言い聞かせていた言葉が瓦解して…… 「  ────っ わかったよ!」  鼻の奥が痛んで、声はわずかに上ずってはいたけれどそれだけだ。  散々泣いたからか涙は出なくて、オレはポケットから指輪を取り出すとアキヨシの胸元へと叩きつけた。    

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