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有罪 59

 これだけの招待客がいるのだから、若造一人消えたところで……と思うも、きっと姉が探し回るだろうし、花嫁がそんな状態なら披露宴も滞りなくって言うわけにはいかないから、大混乱するだろう。  そんな責任がかかってくる重大なことを考えていると、もうオレは何かをしようと言う気力がなくなってしまっていた。  佐藤は、オレの姉の婚約者で、オレの義兄で、それから……オレのこいび……  考えが途中で霧散した。  腕を掴まれた衝撃ではっと現実世界に引き戻されたような、初めて呼吸をしたようにさっと肺に空気が入り込んでくる。 「 お、義兄 ぃ、さん」  漏らした言葉はひしゃげてまともな言葉を紡げなかたけれど、正しい方の呼びかけができた自分を褒めてやりたかった。  今ここにガソリンとライターがあったのだとしたら、俺は問答無用でそれをアキヨシに使っていただろう。 「少し話があるんだ。ちょっと来てもらえるかな?」  ひそ と他所の参加者に聞かれないように呟かれた声はセクシーだ。  緊張しているのかわずかに掠れていて、いつもの低くてよく響く声とはまた違った側面だった。 「オレにはないです」 「け……ケイ君っ!」  さっと呼ばれた言葉に胸の内が一瞬で冷たくなった。  どうしてその名前で呼ぶのかわからず、ましてや向こうから話しかけてくる理由もさっぱりだったからだ。 「それとも、ここであの日のことを大声で喋った方がいいですか?」 「────っ!」  はっとうろたえたアキヨシが動かないうちに自分から先に離れる。花婿が一人の男客を追い回していた……なんて噂になったら、姉のこれからのことがすべてなかったことになってしまう。  一瞬それもいいなとは思ったけれど、それは姉の泣き顔を誘ってしまうことはわかり切っているから。 「じゃ……じゃあせめて式が終わったら話がしたいのだけれど」 「こっちにはないと言ったでしょう? 式が終わった後って、姉との時間をどうするつもりなんでですか?」  つん と冷たく言ってやるとアキヨシはこちらがびっくりするほど驚き、さっと今の話を聞かれていないか辺りに目を向けた。  その様子が、二人の関係がこそこそしなくてはならないものなのだと言い切っているようで、オレは不愉快を持て余したままプイと顔を反らす。  拒絶の意志が硬いと思ったのか、少し気を取られているうちに離れてしまおうとした瞬間、アキヨシがさっとオレの胸ポケットに何かを入れた。  大きなものではない……そして馴染んだ感触がする!  

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