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有罪 64
だからと言って、『ケイゴくん残念でしたね次があるよ会』は厚意で開いてくれているのだから、こちらから開いてくれと繰り返すのも気が引ける。
「……ケイゴくん店長とおめでとう会じゃ、だめ?」
そろりと窺うような言葉は理解できなくて、くるくると指輪の痕を慈しむように触れる店長の顔がどんどん赤くなっていくのをぽかんと見送ってしまった。
ゆっくりと下がっていく頭はやがてがっくりと項垂れて、左手の薬指を撫でていた手も止まってしまう。
沈黙が訪れて、音楽の流されていない店内はわずかの呼吸音も拾いそうなほどだ。
崩れてしまったハートマークと、居場所がないかのように小さくなってしまった店長と……オレは繰り返すようにそれらを確認して、「え?」って言葉を絞り出した。
「う…… えっと、傷心のケイゴに言う言葉じゃないかもしれないんだけど。俺と付き合ってくれない?」
「て、店長とですか⁉」
思わず出てしまった声は大きすぎて、オレの驚きを素直に伝えてしまっていただろう。
つまりそれは……店長をそう言う対象で見たことがないとはっきりと言っているようなものだった。
「あ、ぅん、うん。断ってもバイトにはなんの影響もないから。辞めてくれとか言わないし……あっ気まずくなるのは……ごめん」
そろりと手を引っ込めて、気まずそうに体を揺すってからもう一度「ごめん」って繰り返してから店長は立ち上がる。
「ゆっくり食べてていいから」
ここは店長の店だと言うのに、いたたまれなかったのか逃げるように背中を丸めてバックヤードに行こうとする。
「ま、待ってください!」
その背中のわびしさに同情したと言うわけではなかったけれど、呼び止めないと更に気まずくなるのはわかっていた。
「あの……もうちょっと、そのことについて話を聞かせてください」
「……や……そんな堅苦しい話じゃないし、えーっと、気を使わなくてもいいから」
「気を遣うとかそう言うんじゃなくて! ……意外だったからよくわからないってのが正しいです」
店長はぴたっと足を止めてから、そろりと振り返る。
その顔は雨に降られた子犬のようで……思わずオレはここに座ってくださいと言ってしまっていた。
「あの……オムライスが食べにくいです」
左手を握り続ける店長にそろりと言ってみるが、口をへの字に曲げてオレの言葉を聞いてくれなさそうだ。
「……でも、オレは今振られたばっかなんです」
そろりと言ってはみたが、果たしてオレはいつ振られたのかさっぱりだった。
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