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有罪 65

 事故の時がそうなのか、その後の会わなかった期間がそうなのか……  今までのように、相手からの罵倒もはっきりいらないと告げるメールもない状態では、オレがいつ振られたのかわからず、はっきりとここ! と言うのは難しい。  特に今回は、今までで断トツに酷い終わり方だったから、これまでのようになんとなくの心構えも何もなくて、ぽっかりと胸に空いた穴はごまかせるとかそう言った状態ではなかった。  虚だ。  ぽっかりと穴の開いた虚。  あの指輪の真ん中にある空虚な空間の通りの、ぽっかりとした、深淵。  今までの恋人のことを聞かれて、愛していたのかと尋ねかけられたら曖昧な返事になっていたかもしれない。  感情の中に時には両思いもあったけれど、それでも大部分を占めていたのは同族だと言う安心感と、受け入れてもらえると言う安堵感、つまはじきものではないと言う仲間のいる感覚がオレの恋愛だった。  けれど、アキヨシは……  アキヨシは、一緒に生きていきたいのだと真っ直ぐに、不器用に告白してきて、抱きしめて、信じさせてくれて…… 「嘘だったんだけど」  オレと並行して姉とも会って、結婚の話を進めていたのだから、あんな顔をしていてやる時はやる男だ。  真っ直ぐにオレに感情をぶつけて、縋りついて、見つめてきたことを思い出すとずきずきと胸が痛んで呼吸もままならなくなってきそうだった。 「怖い顔してるよ」  そう言うと店長はそっと指先で頬に触れてくる。  いつも節度を守った距離感を取ってくれているだけに、今日の距離の詰め方は驚くしかない。  ちょっと茶目っ気を感じるようなたれ目が、オレが見ているのに気づいて緩く細められる。  この人は……オレのことが好きなんだそうだ。  いつも傷心が良くなる頃に声をかけようとした結果、ずるずるとオレに告白できないでいただけで昔から好きだったんだ と、ばつが悪そうに話してくれた。  オレを好きな人が傍らにいた なんて、どこかの物語のようだったけれど、素直に嬉しいと思えない自分がいた。  だって、店長はアキヨシじゃない。  あんな酷いことをされたのに、オレの心の中にはまだアキヨシが居座っていて、どうにも追い出せていない状態だった。 「新しい彼氏じゃなくて、……その、前の恋人の代わりでもいいから」 「代わり……」  思わず苦笑する。  店長とアキヨシではもすべてが正反対で、一緒なのは性別くらいじゃないかなって思わせるくらい二人の雰囲気は遠い。 「忘れられないなら……忘れる手伝いもする」  決意を宿したように店長の口は引き結ばれている。

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