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有罪 71

「今日……今日は   」 「なかなか上がってこないから、どうしたんだろうって話しててね」  帰ろうと思います の言葉を遮られてしまい、呼吸ができないような感覚に小さく喘ぐ。 「少し話をしてました、なんだかお義姉さんの様子がおかしかったので、お邪魔なんじゃないかと。このままお暇してまた改めます」  さらりとそう言うと、恭司は持っていたロールケーキの入った袋をアキヨシに突き出す。  差し出すなんて柔らかい動作じゃなくて、見ているこっちがはらはらとするようなつっけんどんな様子だった。 「もしよろしければどうぞ、ケイと焼いてきたんです」 「……」  丁寧だけれど語尾を強く発音しているせいか刺々しく感じる言葉に、アキヨシは戸惑った様子も見せないまま紙袋を受け取って「ありがとうございます」と丁寧に返してくる。 「……ありがとうございます。せっかくですしぜひ上がってください。佑衣子さんが慌ててたのは、美容室の予定と訪問の日を間違えていただけだったそうなんで」 「あ、じゃあますますお邪魔するわけにはいけませんね」  では と言って話を切り上げようとする恭司を通り越して、アキヨシがオレをまっすぐに見据えた。  どっと跳ねた心臓の音ばかりで何も聞こえなくて……  黒い、真面目そうな両目は出会った頃を変わらない。   「そうするとお二人の都合がつかなくなるでしょう? 佑衣子さんが少し席を外してしまいますが、ぜひどうぞ」 「え……ぁ、……」 「佑衣子さんも楽しみにしていたし」  オレが混乱した頭でいろいろと考えているうちに、アキヨシは「さぁ上がりましょう」とエレベーターを止めてしまう。  ぽっかりと開いたエレベーターの入り口は明るくて、マンションのエレベーターにしては大きいもののはずなのに、獣の口の中に入る気持ちになってしまって乗るのをためらわずにはいられない。 「……っ……」  本当なら、さっきまで恭司に向かって高説を垂れていたように、幸せを願うからここでさようなら……とするのが正しいことだったんだろう。  けれど、オレを見下ろしてほんの少し微笑むように細められた表情を見てしまったから……  オレに向けてくれる、あの笑顔だったから…… 「ケイ?」 「い、行ってもいいかな? オレ……」 「……」  恭司が険しい表情をしたのは一瞬だ。  すぐに気を取り直したのか、オレの手をぐいと引っ張ってエレベーターへと乗り込んでいった。    静かに上がり始めたエレベーター内は、広いと思っていたのに男が三人も入ると息苦しく感じてしまう。

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