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有罪 76
「……名、ばかり?」
「養子に入ったのも随分大きくなってからだから、西宮の人間かと問われたら戸惑ってしまうけれど。西宮の人間として会社にもしっかりと……」
ぽつんと「養子?」と問いかけたオレに、アキヨシは逆に「え?」とぽつんと返してくる。
「俺は西宮の義父の妹の子供なんだ」
「……だから、佐藤?」
「うん、佐藤秋良 だったんだ」
名前を口に出した時の、もの悲しさを纏わせた視線が揺れて再びオレを見た。
「……西宮の義父は婿養子だから……血で言うなら俺を西宮とは認められないのだろうけれど」
はは と笑う理由には、会社か家庭の問題が絡んでくるのだろうか? あの父親の思惑なんてオレにはまったく想像も理解もできなくて、ただ曖昧に頷き返す。
「ただ、だからと言って……俺を 」
ぽつぽつと、アキヨシは言葉を探しているようだった。
「 嫌いにならないで欲しい」
小さく口に出された願いは幼い子供の懇願のようで、わずかな苦笑を浮かべた官能的な唇が動いて「ケイ」と象ったように見えた。
いや、確かにアキヨシはそう言葉を紡いだはずだ。
「ど 」
どうして と問いかけようとした時、恭司の「できましたよ」と言う声をかけられて続きは言えなかった。
見つめ合っているわけではないのにアキヨシに視線を残しながら、ゆっくりと距離を取る。
「飲み物、受け取ってきます」
血の気が引いたと言うのはまさにこう言うことかもしれない。
床を踏んでいるはずなのにどこかふわふわと夢の中にでも放り込まれて迷ってしまったかのような心地で、怪訝な顔をしている恭司の方へと向かう。
「ケイはこっち。ケイの好きなテイストにしてあるから」
「ケイ」と呼ばれて、自分のことのはずなのにどこか他人ごとのように思えるのは、さっきアキヨシが声に出さずに呼んだ方が幾分も重いからだ。
佐藤は偽名ではなかった?
姉が知っていると言ったのは養子のことなのか?
……何より、あの事故で記憶を失ったのは本当なのか?
今すぐにでも胸倉を掴んで問いただしたい衝動もあったけれど、同時にオレと姉を取り違えて覚えていることに対するわずかな落胆と、それを大きく上回る嬉しさと……
姉の幸せを願うんじゃなかったのかと言う自分への問いかけの答えに詰まるように、オレはアキヨシが離れたくなくて離れたんじゃないってことがわかって、……喜んだ。
喜んでしまった。
「はい、しっかり持てよ。こっち、西宮さんに ────っ」
あっと思った時には震える手からグラスが転がり落ちて……
カツン! とカーペットに鈍い音を立てながらグラスが着地したと思ったら、オレの服は飲み物を被った後だった。
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