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有罪 80
さっと腕を掴まれて引き寄せられ、大きな体ですっぽりと包み込まれてしまうと、周りの音が何も聞こえないような安心感が湧きあがってくる。
幾度も縋りついた胸の熱さだとか腕の力の強さだとか……手放したと思っていたものに再び包まれることになるなんて!
温かさも、匂いも、安心感も、どきどきと早く打つ心臓の音も。
自分のものだと信じていた頃を思い出すと胸が痛くて堪らなくなる。
「……だから、あんたはオレをそんな風に呼ばないんだって」
無理やり体を突っぱね、汚れ物をアキヨシに向かって投げつけた。
「それ、後お願いします。先に戻って食べてますんで」
きつく言い放って後ろも見ずにリビングへと駆け出す。
広いとは言えマンションだから距離がそこまであると言うわけじゃないのに、恭司の元へ来るまでにオレの全身は汗だくだった。
何が起こったんだろうと自問自答している間に更にどっと汗が噴き出す。
「ケイ? どうした? 顔色……悪くないか?」
そう言うと掃除のためにまくっていた袖を直しながら恭司が隣にやってくる。
オレの様子を一目見ておかしいと気づいたんだろう、ソファーに座るように促し隣に座って手を握った。
上下から包み込むようにして優しく力を込められると、じわりとした温もりがそこから広がってきて、オレがどれだけ血の気を引かせていたのかがわかってしまった。
「何があった?」
何?
姉と結婚した元彼にキスされた?
そんなこと口には出せなくて、ぶるぶると首を振る。
「あいつが何かしたのか⁉」
「何もっ!」
被せるようにして大声で否定した瞬間、恭司が目をさっと見開いて洗面所の方を睨みつけた。
その横顔は怒りが滲んでいて、オレが何かされたことに気づいたのは明白だ。
「恭司っ」
さっと立ち上がろうとした恭司の服を掴み、首を振る。
恐ろしくて顔は見れてはなかったけれど、きっと怒った顔をしているはずだ。
「離して、ケイ。いきなり殴ったりしないから」
「っ! そ、そうじゃなくて……気分悪いから……もう帰りたい」
服を掴んでうつむいて、ぼそぼそと願いを漏らす姿はまるで小さな子供が言うようだと思った。
情けなかったけれど、その時のオレはこれ以上ここにはいられなかったし、うまい退室のアイデアも浮かばなかった。
「…………わかった」
そう言うと恭司はオレの手を掴んで立ち上がらせると、洗面所の方に向けて「急用ができたのでお暇します」と大声で言う。
オレがさっきまでいた洗面所でガタっと音がしたけれど、振り返らずに恭司は速足で玄関に行くとなんの躊躇も声掛けもないままにさっと外へと出てしまった。
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