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第3話 何故もてなす?

『おい晶利! マントの繕いをさせておいて何もなしか? 妖精使いが荒いぞ! クッキーよこせクッキー!』 「……」  反射的に杖を構えたまま、少年は目を見開く。 (妖精⁉)  魔物と違い基本的には無害だが、人間が嫌いすぎて滅多に人前に現れない伝説の生き物だ。怪我を治し、花を咲かせ、風を呼ぶといった力が人間に狙われ、狩り尽くされたせいだろう。  蝶のような薄い羽に、薄い桃色の肌。髪は頭部で団子状に纏められ、基本全裸である。  ひいばあちゃん世代では普通に見かけたらしいが、少年はお目にかかったことがない。それをこんな至近距離で拝めるとは。  杖を向けられているのに気にした様子もなく、十五センチほどの妖精は男の髪を引っ張っている。 『おう、クッキー。ドライフルーツ入りクッキーを所望するぞ! あれ美味いんだ。寄こせ寄こせ』 「分かったから髪を引っ張るな」  鬱陶しそうに手の甲で押しのけると、男は乱暴に開けられたせいで外れかけた扉から出て行く。  それを見送っていると妖精がひょいっと飛んできて、杖の先に腰掛ける。重みは全くなかった。 「よ……妖精?」 『おう。起きたか。おめー、怪我してなかったけど魔力三分の一も無かったから、心配してたんだぞ? まあ、座れよ』  家主のような振る舞いに、ついソファーに腰掛ける。  背丈ほどもある杖を握ったままの少年の膝に、妖精は飛び降りるとそのまま尻を下ろす。勝手に膝に座られてもあまりの小ささに、怒る気になれない。  口ぶりからして、どうやら助けてもらったようだ。 「助けてくれた、のか?」 『まあなー。魔物にあんまり人の味を覚えさせるのもあれだしな』  胸のふくらみはあるが、男の子のような話し方だ。物珍しさにじろじろ見ていると、男が戻ってくる。 「持ってきたぞ」 『クッキーイイィ!』  ぴゅーんと飛んでいく。トレイの皿に乗っかった、自身の半分ほどもある茶色い円形にかぶりつく。  サクッ。 『うめーっうぶ!』  満面の笑みだった妖精が急にクッキーを噴き出す。 『おええっ……。これハーブクッキーじゃん。おい。オレは果物のクッキーを頼んだはずだろ!』  文句を言いながらもクッキーは手放さない。  男は地図の上に容赦なくトレイを置く。 「無かったんだ。ドライフルーツも昨日焼いたはずのドライフルーツ入りクッキーも。まるで誰かがこっそり食べたみたいに」 『ギクッ』  やらかしたことを忘れていたのか、妖精はびっしょり汗をかきながら口笛を吹く。 『へ、へ~え? 悪い奴がいるもんだな?』  妖精は逃げるようにそろそろと少年の方へと飛んでくる。手のひらに乗せてやろうとしたが、 『おい、やるよ』 「もが」  手紙を投函するくらいの気安さでクッキーを押し込んできた。  人の口がゴミ箱にでも見えているのか。腹が立ったがこんな得体のしれないクッキーを食べるわけにはいかない。文句はあとにして、まず吐き出そうとしたが、口内に広がるツンとしたハーブの香りに思わず噛み砕いてしまう。  サクッ。もぐもぐもぐ。 「……美味しい」  本音が漏れる。  妖精はたいそう驚いた様子で顔を覗き込んでくる。近い。 『うっそだろ、お前! あんな甘くないものよく食えたな』  コポポポッと人数分のお茶を淹れながら、男は目だけを向けてくる。 「ほお? 大人向けのもので子どもは嫌がるのに。……君は良い舌を持っているようだ」  カップは三つあった。ひとつはやけに小さいので、妖精用なのだろう。 「アンタ……なんでお茶淹れてるんだ?」  ティーポットを持ったまま、男は「え?」と間の抜けた声を出す。 「人を招いたことなどなくてな。もてなし方など忘れ……知らんのだ。なにか、不味かったか?」  おろおろする男に、少年は澄んだお茶に目をやる。 「なんで、もてなそうと、してるんだ?」 「……もてなさない、のか……?」  なにかやってしまっただろうかと、男はじっと見つめてくる。少年は「こんな得体のしれない人物をもてなさないだろう」と言いたかったが、なんかどうでも良くなってくる。 「……」 「……」  変な空気になった。  妖精は交互に見るとまた杖の先に、蝶のようにとまる。 『許してやってくれよ。晶利は対人経験値3くらいしかないんだよー』 「悪かったな」 「しょーりって……アンタの名前か?」  男はカップをどうぞと差し出してくる。 「そうだ」 「勝利か。縁起のいい名前、だな」 「お誉めに預かり光栄だが」  紙にペンを走らせると、突きつけてくる。 「魔法使いなら読み書きはできるだろう?」  男らしい文字ででかでかと「晶利」と書いてあった。茶水晶の名前だ。 (こいつ……名前まで茶色なのかよ!)  口の端が引きつる。なんだか気が抜けてきた。警戒していたのが馬鹿みたいだ。  それでも杖は握ったまま、湯気を立てるお茶を一口。 「うまい……。渋葉(しぶは)が入っているのに、まろやかだ」  疲労回復効果があるお茶だ。  クッキーが食べられずふて寝している妖精の羽をつつきながら、晶利も口をつける。 「やけに警戒せず飲んだと思ったら……そうか植物使いだったな」  少年はハッと顔を上げる。 「な、なんで?」 「魔力を見ればそいつが何の使い手くらいか、分かる」 「……」  普通は分からない。  行儀悪く肘をついて本を開いている男からは魔力を「感じない」。 「アンタは、魔法使いなのか?」 「いや? 違う。魔力、感じないだろう?」 「ああ……」  なにか違和感を覚えるのだが、それが何かがさっぱり分からない。  沈黙が下りる。しばし茶を堪能するがやはり気になった。  壁や天井を見回し、男に視線を戻す。 「何者だよ。魔女の末裔かなにかか?」 『ぶっ!』  魔女と聞いて妖精が吹き出す。 「……どうしてそう思う?」

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