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第4話 逃げたんだ
「この部屋。なんでこんなに毒草に囲まれているんだよ」
こちらを見もせず男はページをめくる。
「かなり希少な毒草も混じっているのに、見たことがあるのか?」
「私は有毒かそうじゃないかくらいは判別できる」
『へえー。便利だな。食うものに困らねえだろ?』
よっと起き上がると、両手で抱えたカップの中身をごくごく飲んでいく。熱くないのだろうか。
「まあ。食べるものには、困ってなかった……」
過去形な言い方をしてしまったせいか、茶瞳と妖精のダイヤモンドのような瞳がみつめてくる。妖精の目は良く言えば美しく、悪く言えばひどく無機質で、びくっとのけ反りかけた。
言動は子どもっぽいのに、やはり妖精。人外の生物。妙な迫力がある。
怯んだのか、口を滑らす。
「私の村は……もう。魔物に」
「……」
珍しい話ではない。
積まれた本の上にトレイを移動させる。ぐらぐら揺れるが晶利は気にしない。
「どこだ?」
「日夕(ひゆう)村……」
折り目のついた地図を伸ばし、妖精と地図を睨む。
『この村もかよ』
「結構大きな村に思うが、衛兵などはいなかったのか?」
少年はうつむく。
「……私」
『え?』
「衛兵はいない。私が守っていたから」
どういうことだと、妖精は晶利を見上げる。
『こんな子どもが衛兵?』
「……ない話ではない。この少年は魔法使いとしての腕は相当だ。等級で分けると三級くらいか」
『さんきゅう? それってすごいのか?」
見習い、五級、四級……と上がっていき、一流が一級とされる。
「三級は戦争で、前線で戦えるレベルだ。俺も、こんな若い三級魔法使いは……うん、見たことがない」
すかさず妖精が茶化してくる。
『その前にあんまり、人間自体を見たことないだろー?』
クッキーでぽかっとお団子頭を叩く。
『いてぇよー!』
「まあ……今言った俺の話が見当外れだったものだとしても、装備は一級品だ。見習いでも五級以上の力は振るえるはずだ」
青薔薇のマントに、赤い宝石の杖。
ぎゅっと杖を握って放さない少年に同情するような目を向ける。帰る場所がなかった、か。
不要になった地図を畳み、その辺に放る。
「私が……」
『ん?』
「私が村を守らなきゃいけなかったのに……。怖くなったんだ」
ぽつりぽつりと語り出す。誰でもいい。胸に溜まった話を聞いてほしい。鉛を吐き出したかった。
「炎を吹く魔物で、私は、役に立てなくて……」
ミシッと杖が音を立てる。
「逃げたんだ。私。皆を見捨てて……逃げたんだ」
「?」
顎に指をかけ、今度は晶利が妖精に目を向ける。
「逃げるのは当然ではないのか?」
『まあ、ガキだしな。どんだけ強くても、オレは子どもに戦えとは言わないぞ。……まあ、それはオレが妖精だからかも知れないけどさ。人間は違うのか?』
少年兵という言葉があるくらいだ。気にしない人間ももちろんいる。
「俺が人間のことを知っているわけないだろう」
『お前人間だろ。って、晶利に聞いたんじゃねーよ』
少年はぽかんとなる。
軽蔑の目で見られ、罵倒されると思っていたのに。むしろそれを望んでいた。逃げた自分を責めてほしかった。罰を与えてほしかった。
肩を震わせる少年の金髪を、妖精がぽんぽんと叩く。その手はあたたかかった。
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