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第5話 魔法が使えない⁉

🌸   雲を眺める。  マントを着用し相変わらず杖を握りしめた警戒状態だが、気持ちは幾分か落ち着いていた。  外の空気が吸いたくて出てきたのだ。家の外壁にもたれ膝を抱える。尻が冷たいが今の季節では心地いい。 (出て行けと……言われなかったな)  話し終えると男は読書に夢中になり、妖精は天井の蔓でブランコをしたりターザンをしたり……。いつもの空気、みたいになった。傷心の少年を完全放置である。  だがそれが有難かった。変に気を遣われると苦しいし、プライドの高い自分は絶対、反発してしまうだろうから。 (結局私、名乗ってすらいない)  お礼も言えていない。さすがにこのまま帰るのは……帰る場所も待っている人も、もういない。  膝に顔を埋める。  将来村を出て独り立ちする予定だったが。まさかこんなに早く独りになるとは。一人で生きていける知識は溜めてきたが、いざ独りになるとこんなにも心細い。  それだけ自分は子どもでと言うことなのだろう。本来ならそんな弱気な考えは認めない以前に浮かびすらしないのに。  村を見捨てて逃げた時に、きっと心が欠けたのだ。考えこもうとすればするほど、頭の中はぐちゃぐちゃになっていく。 「……」 『……』 「ん?」  遠くで、あの男と妖精の声がする。楽しそうに話しているような感じがしてふらふらと近寄り、壁から顔を出す。  花壇の前で話し込んでいるようだった。 「ついに一ヵ月が経ってしまったな」 『嘘だろ~? なんで咲かないんだよ。やり方は間違っていないはずだぜ』  妖精は自分よりでかい本を開き、むむっと眉根を寄せている。 『なんでだよー! 赤と白じゃなくてオレンジと白でピンクの花を咲かせて、その花とピンクの花を掛け合わせて、そうして咲いたピンクの花同士をかけ合わせたら、紫の花が咲くはずだろー』  鬱憤が溜まっているのか凄まじい早口だ。  むぎゃーと頭を抱えている妖精から本を取り上げる。 「最長でも二十八日あれば咲くはずなのに、おかしいな。何か間違えたか?」 (あいつら……。交配をしているのか)  同じ種類だが色の違う花を隣り合うように植えて、新種の色を咲かせる方法である。主に花屋さんや植物使い、学者などが研究し、育ちやすい種や長持ちする花などを次々……というほどでもないが、一年に一度くらいは改良品種を生み出している。  あーだこーだ悩んでいる二人の姿にもやもやする。子どもが簡単な問題も解けないのを見ているような、答えを言いたくて仕方のない教師のような気分になる。 『おーい。もうあの少年に聞こうぜー? 植物使いなんて今を逃したら一生会えねーぞ。お前が引き籠っているせいで』  どきっと少年の胸が熱くなる。  得意な話を語っている時ほど楽しいことはない。まあ、訊いてくるなら教えてやってもいいかなと思っていると、晶利は首を振った。 「いや、やめておこう」 『はああっ⁉ 生きているうちに見れないぞ紫の花に』  本から目を離さずに言う。 「あの少年は辛い思いをしたばかりだ。今しばらくは、そっとしておこう」  そう言われては、妖精は言い返せないようだった。 「それにいざとなれば、街に買いに行けばいい」 『お前、街に行く覚悟するのに一ヶ月かかるじゃん。終わってるぞ、この花の季節』  少年は意を決すると、ずかずかと近寄っていく。  いま少年に気づいたのか、ふたりが振り返る。 「少年。どうした」 『腹減ったか? おう、晶利。パンケーキ焼いてやれ! パンケーキ。オレも食べる!』 「お前のせいでお菓子作りの腕ばかり上がっていく……」  二人を無視して、少年はピンクの花が敷き詰められた花壇に杖を向けた。 「おい?」 『もしかして……』  妖精が期待するような声を出す。  すべての花を紫に変えてやろうとした。  別にお礼をしたくなったわけではない。あまりの手際に見ていられなくなっただけだ。  全回復しているわけではないが、この程度なら微量の魔力で十分だ。杖を通し、宝石に魔力を流し込む。 「簡易交配――」  手間と、とにかく時間がかかる作業を省略する魔法だ。この魔法を使えて、植物使いは三級になれる。  宝石が眩い光を発する。晶利は目元を本で庇い、妖精は瞳を輝かせる。  光が消える。  そこには――  ピンクの花が変わらずに風に揺れていた。  妖精はずこっと地面に落ちる。 『お、おい――』 「えっ?」  目を剥いた少年が花壇に駆け寄る。 「な、なんで? どうして変化しない?」  少年のあまりの血相に、妖精もわざとやったわけではないと思ったようで、再び晶利の肩の高さまで浮上する。 『おい、マジか。お前の花、植物使いでも変化しねーぞ。偏屈なとこが似たんじゃねえか?』 「俺は偏屈じゃない。いや……どうやら不調なのは彼の方らしい」  少年はもう一度、魔力を流し宝石を輝かせる。  しかし、結果は同じだった。何も変わらない植物たち。  もう一度魔力を流す。  変化なし。  もう一度。  変化なし。  もう一度。  変化なし。 「……はあっ、はあっ」  微量とはいえ魔力は確実に減っていく。集中力が乱れているせいか、普段より魔力を消耗してしまっていることにも気付けない。  焦燥と苛立ちが混ざり合い、身体から魔力が立ち上る。 「……っ。なんでだよ。言うことを聞け! 植物のクセに」  杖の先を何度も地面に打ち据える。 『お、おおい。そろそろやめろ。ぶっ倒れるぞ』 「うるさい!」 『っ。……怒鳴るなよぉ』  目の前の花が言うことを聞かない。どうして? 植物がそっぽを向いている。どうして?  なんで。なんで。  後ろで妖精が晶利を揺すぶっているが、彼は腕を組んだまま黙って見つめている。 「簡易交配――」  何度目かの輝き。だが、色は変わらない。 「……は、ははっ。ど、どうし、て……」  くらっと世界が回った。  後ろに倒れた少年の背を、晶利が受け止めていた。あれほど大事そうに握っていた杖が地面に転がる。  少年の顔は真っ赤で、汗を大量にかいていた。 『おおおい。熱があるんじゃねえか? 止めろって言っただろ晶利! なんでもっと早く止めなかったんだよ!』  少年を抱え上げる。 「こういうときは、やらせてやるものだ」

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