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第25話 狛犬姉弟

「想像もできません……」  今は依頼書(クエスト)が溢れかえっているのが当然の光景なのだ。  『んめー』とほお袋をパンパンにしている妖精の口元を拭いながら、晶利が訊いてくる。 「というか、詩蓮。お前、冒険者だったのか? 年齢制限はなくなったのか?」 「え? ああ。確かに年齢制限には引っかかるが魔法使いを遊ばせておく余裕がないのか、三級以上は登録が強制になってな」  魔法使いの等級で見習いから五級、四級と上がっていき、一級が頂点となる。昇級するには魔法協会で試験を受ける必要がある。こちらも無料だ。  冒険者登録は十三才以上でないと認められない。詩蓮が三級になったのは十二歳の頃。これだけで詩蓮がどれだけ優秀なのかが分かる。分かるが…… 「無理矢理登録させられたのか?」 「殴ってこようか……? 鞘で」 「大丈夫なんで何もしないでください。マジで」  形だけの登録で、依頼を受けたことはないと言うと保護者達はホッとしたようだった。 (心配性だな)  私は村で魔物退治をしてきたエリートだぞ。  冒険者登録をするには軽い試験を受ける必要がある。それも伝えると今度は晶利が突っ伏してしまった。 「…………もういやだ」 「おい。しっかりしろ。試験と言っても軽い読み書きと、一番弱い魔物を倒すくらいの力はあるか、を見られるだけだ。ちなみに私は一発合格だったぞ」  えっへんと胸を叩く。 『お前。読み書きはどこで覚えたんだ?』 「えと。師匠と村長の奥さんが……。教えてくれた……」  村の話になると暗い笑みになってしまう。 「一番弱い魔物って?」  晶利の髪をいじり、枝毛を探しながら黒槌が興味なさげに訊いてくる。話を変えようとしてくれたのだろう。笑みから暗さが消える。 「「歩くキノコ」ですかね。ギルドによって違ったりしますが」  名前の通り小さな足(正確には根っこ)で移動するキノコの魔物。大きさは人間の三歳児ほどで、目、らしきものもある。群れで活動し、眠らせた生物に寄生し生きたまま養分を吸い取る結構怖い一面もある。魔物なのだから当然か。  しかし弱い。杖で殴るだけで砕け散る。  「歩くキノコ」「跳ねる魚」「火の小人」雑魚魔物の代表である。この荒野は魔物の危険度が高いために、魔物といえど雑魚に居場所などない。  晶利の肩を叩く。 「そうかい……。ほら、いつまでも凹んでないで……とっとと試験を受けておいで……」 「ああ……。詩蓮。一緒に行こうな? 絶対に、人混みで、俺を一人にしないでくれ」  ぎゅっと手を握られ、頬が熱くなった。 『なっさけねぇなー、晶利は』 「対人になると、本当に……頼りなくなるねぇ。詩蓮君に、愛想を、尽かされないようにね……?」 「うるさいぞ」  墓参りと試験。どちらを先にすべきか話し合ったが、金が無さすぎるので先に試験を済ますことにする。育ち盛りがいるのに飯を買う金すらないのはマズイ。詩蓮の魔法で食べていけるっちゃあいけるが、荒れた土地なので生やせる植物にも限りがある。  黒のタートルネックにカーキ色のズボン。青薔薇刺繍のマントという、戦闘(いつもの)服に着替えた詩蓮は杖の調子を確認している。小指ほどのひびは直っていないが、魔法を使う分には何の問題もない。 「街……か。街……か」  狛犬を待つ間、晶利は深呼吸ばかりしていて落ち着きがない。意味もなくうろうろ歩き回っている。紗無は「一ヶ月かかるもんな」と呆れを通り越した目を向け、詩蓮は背中に抱きつく。 「晶利? やはり私だけで行こうか?」 「いや、大丈夫だ」 「私が養ってやるぞ?」 「矜持が粉砕しそうだからやめてくれ」  今回も見送りに出てきてくれた黒槌のおかげで、魔物が寄ってこない。妖精は安全地帯の頭上で退屈そうに寝そべっている。『ついていこうかなー?』とぼやいただけで大反対を受けたので面白くないのだ。 『んおーい。もぉー。お前ら。土産忘れんなよ?』 「もちろん。紗無の好きな焼き菓子を買ってくるぞ。ま、金に余裕があればな。……あの、黒槌様。晶利はどうして人嫌いなんですか? なにか暗い過去やトラウマが?」  声をひそめることなく堂々と聞いてくる少年に黒槌は苦笑し、晶利は胃も痛くなった。 「……そんな大層な理由はないよ。……ま、理由は本人から教えてもらいな……。勝手に言ったら、また怒られかねないからねぇ……」  さらっと魔法使いだと言ったことだろうか。黒槌は悪くないと思うのだが。  ドドドド……と地響きが聞こえる。進路上にいた小型魔物を蹴散らし、狛犬たちが到着する。赤と緑という鮮やかな体毛に、姉の方が金の牙、弟が銀の牙を持つ派手姉弟だ。姉の方は象に匹敵するほどの巨体で、弟は一回り小柄。  黒槌から若干離れて停止する。 『はっはっはっはっ』 『はっはっはっはっは』  舌を出してお菓子を待っている。 「今日も頼むぞ。風鈴(ぷりん)。銀糖(ぎんとう)」  詩蓮に名前を付けてやれと言われたので考えてみたが、果たして気に入ってくれるだろうか。 『……グウウウウッ』 『…………はっ』  狛犬姉弟たちが見たこともない険しい顔をしている。あとなんだか鼻で笑われた気もする。金と銀の牙にちなんで考えていたのだが、金色のものといえばこれしか出てこなかったのだ。いかん。しばらくお菓子作りから離れなければ。  ぽんっと凹んでいる背中を叩く。 「落ち込むな、晶利。そのうち慣れてくれるさ。お前たち、背中に乗せてくれるか?」  動物から神獣まで、幅広い生物が好む「凛桃(りんとう)」。もちろん人間も好む。薬になるのだ。これを見せながら狛犬に話しかける。  種が大きく身が少ない、外見は小さな葡萄のような実である。  口に放り込む。かなり小さいが満足してくれるといいな。 「凛桃まで出せるのかい……?」 「はい」 「それはあまり、人前では見せないようにね……?」 「師匠にも言われましたよ。今は晶利たちしかいないので、いいかなっと」 「いい子だ……」  金の髪をかき混ぜるように撫でられ、詩蓮は照れたようにうつむく。  狛犬姉弟は乗りやすいようにと伏せてくれた。オーケーのようだ。 「やった! 晶利。行くぞ」 「ああ。ではな。黒槌。紗無を頼むぞ。ここが世界一安全だ」 「早く行きな……」 『気をつけろよー?』  手を振る妖精。しっしっと虫を払う仕草をする黒槌に軽く頷き、デカい鞄を担いで風鈴に飛び乗る。  前回の反省を生かし、詩蓮は両手両足で銀糖の背にがっちりとしがみつく。  とてとてと回れ右すると、爆発じみたスタートダッシュを決める狛犬たち。 「ぐっ」 「……」  よし。この乗り方なら首への負担はない。……どうして晶利が腕を組んで平然としていられるのかは謎だ。これが経験値の差か。 (あっ! 黒槌様に行ってきますを言うの忘れた)  せっかく家族「ごっこ」ができる今しかない機会なのに。勿体ないことをした。  目指すはそこそこ大きな街『苺紅(いちごべに)』。二人が知らない土地に行くよりかは良いだろうということで決まった。かつて冒険者登録をした街で、詩蓮の村から馬車で一日の距離だ。  この街に晶利も一度だけ言ったことがあるそうなので、黙って後ろをついて行く。速度に慣れてきたので上体を起こす。 「なあ。晶利は何用で『苺紅』へ行ったんだ?」  彼は思い出すように顎を撫でる。 「……確か珍しい毒草の話を聞いてな」 「お前。まだ黒槌様を殺す気か?」  晶利が少々驚いたような表情で振り返る。 「私は黒槌様が好きだ。殺すな」 「……お前の気持ちはわかる。俺も好きだ。だがそれはお前の願いであって、俺と黒槌の願いではない」 「……」

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