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第32話 詩蓮になにかあると晶利はその倍苦労する
何かが尻に当たった気がして、冒険者たちを振り返る。一人は背中に剣、片方は鷲鼻が特徴な小男だった。装備からして剣士とシーフだろうか。高身長と低身長の凸凹コンビだ。
少年の可愛い反応が見られて嬉しいのか、にやにやと笑っている。
「おや。ごめんな~? 俺の手が勝手に動いちまったぜ」
「けひひ。そーんな可愛い顔と尻をしてるからだよ? さてはそっちも可愛いのかな?」
詩蓮の下半身を見て下品に笑う彼らを、受付のお姉さん方がゴミを見るような目で見ている。彼らは受付嬢にまでセクハラをしてくる脳が下半身直結している危険人物だ。
「やめろ。お前たち」
彼らの視界にこれ以上入らないように身体で庇う。詩蓮が絶対爆発するとそちらに集中していたので、反応が遅れてしまった。
男たちは邪魔くさそうに晶利を見て、しっしっと手を振る。
「ああん? なんだテメェは。いっつもいっつも詩蓮チャンにくっついてよぅ。羨ましい! どっか行けゴラァ」
「そうだそうだ! そこ代われよ。美少年といつも一緒にいるオメェが憎いんよぉ」
「……正直だな」
やれやれと左手を腰に当てる。詩蓮を熱心に見ているおっさんが多いから、いつかこういう事件が起こると思っていた。彼にフードでも被せるべきだろうか。目をつけられ……覚えられやすいのかこの街に来て数日だと言うのに、買い物でおばちゃんにオマケをいくつももらうほどに馴染んでいるし。
「いや、いい。行こう。晶利」
「えっ?」
木の根を絡みつかせこの建物ごと地中に引きずり込まれると覚悟していたのに、詩蓮は何もなかったように出て行ってしまった。慌てて追いかける。
「あう。詩蓮チャン」
「もう行っちゃった……」
もっと構ってほしかったのか、セクハラ野郎二匹は悲しそうに肩を落とした。
「詩蓮。待て!」
追い付いた晶利は正面に回り、肩を掴む。少年は泣くでも怒るでもなく平然とした顔をしていた。それが怖かった。もしや、こういった事態に慣れているのでは、と。
「詩蓮。あの……」
言いかけ、道のど真ん中であることに気づく。じろじろ見られるのに耐えられる胆力はないので、どこかいい場所はないかと探す。場所を見つける前に詩蓮が晶利の腕を掴み、路地裏へ引っ張っていく。
「詩蓮……?」
「晶利」
視線がシャットダウンされると、親に泣きつくように晶利に抱きついた。
(やはり辛いのを我慢していたのか)
頭を撫でてやる。男なんだからこのくらい我慢しろ~など、とても言えない。被害者に我慢を強いている暇があるなら、加害者を糾弾すべきだ。だが今はその前に、
「辛かったな。詩蓮」
「うん……嫌だった」
落ち着くまで待ってやる。
「だがあの対応は良くない。何も言われないと調子に乗って、さらに大胆なことをしてくるようになる」
しかし、少年に毅然とした態度で対応しろと言っても、いきなりは出来ないだろう。なので、大人の出番だ。
「俺が上下の前歯へし折ってくるから、ここで待ってろ。ああいうのを放置してはいけない」
「待って???」
ずかずか歩いていきそうなアオザイを掴んで引き止める。
「どうして止める? あ、自分でやるか?」
「いやあのさ。私が怒って暴走して、晶利がこういうの止める側なんじゃないの?」
「え? 息の根?」
「……」
殺る気満々である。あれ? 晶利はこんな好戦的な奴だったっけ?
「身体を触られて、泣き寝入りをするな。あの手の輩は睾丸破裂させろと俺は隊長に教わった」
「……」
ああ、あの戦闘民族しかいなかった時代の方たち。
「子どもが大人相手に抗議しろと言っても難しいだろう? だから俺に任せろ」
「任せられるか。おい、行くな。止まれ! ちょっと話を聞け」
路地奥へ引きずり込み、向き直る。
「分かった。お前の気持ちもああいう時、どう対処するのかもわかった。次からはちゃんと人喰い草の養分にするから」
「そうか。分かってくれて嬉しい。あ、今行ってきて構わないぞ? 人喰い草が消化するまで待っててやる」
「二日かかるわ。そうじゃなくて」
体当たりする勢いで晶利に抱きつき、彼を壁際に追いやる。
壁ドンなのだが圧倒的に身長が足らない。まあ、いい。
背をぶつけた晶利は痛そうだったが、少年の行動に首を傾げている。
「どうした?」
「その……言いづらいんだけど」
「構わない。何でも言ってみろ。溜め込むのは良くない。お前は辛い思いをしたんだ。吐き出せ。笑ったりしない」
こいつも良い奴だなと感謝し……内心ほくそ笑む。
吊り上がりかけた口を戻し、彼を見上げる。
「触られたところが気持ち悪いんだ。晶利の手で上書きしてくれないか?」
この場から走り去ろうかと思った。
「なにをっ! なに? 何を言うんだ!」
「だって、ずっと気持ち悪いままなんて、嫌じゃないか」
それもそうだな……いや、納得するな自分。
「それでなんで俺が触ることになる? 触られて嫌だったんだろう?」
「嫌だったから好きな人に触ってこの不快な感触を消してほしいんだよ」
なるほど……いや、そうじゃない!
「お、美味しいものを食べに行こう? そのうち消えるさ」
「消えなかったらどうするんだ?」
「…………」
今真剣に「口論で負けなくなる本」が欲しい。
はやく~、触って~と(成人男性を社会的に抹殺する台詞を)言いながら詩蓮が胸元に頬ずりしてくる。甘えてくる猫のように。かつてここまで追いつめられたことはあっただろうか? あったけれどあの時はまだ隣に仲間がいてくれた。
足元がなくなる感覚に陥る。
「お、俺が触っても不快感は消えないかもしれないだろう?」
「でも、幸せな気持ちにはなるよ?」
「詩蓮さんあの、残念ドッキリでした~マジになっちゃってださーい、と言ってくれませんか? 頼む」
「残念マジでした~本気になってくださいかっこいい好き」
これが絶望か。
「じゃあ、触るけど……。いい、い、嫌ならすぐに言うんだぞ?」
「やったあ!」
こっちの気持ちも知らずに跳び上がっちゃって。俺は今すぐ気絶したい。
きょろきょろ首を動かし、周囲に人がいないか確認する。少年を強く抱きしめると、手を下に伸ばす。詩蓮は彼の服を握りしめ、わくわくと待つ。こいつは人助け関連は断らないな。
「……」
ぽんぽんと尻を叩かれる。
「はい、終わり」
「おい。ふざけんな! なんだ今の」
服を掴むが晶利の足は止まらず、ずるずると引きずられる。
「大真面目だ。収容される覚悟でやったぞ?」
「あああああ~」
もっとねっとり触ってほしいのに!
周囲を気にする余裕もないほどに疲れた晶利は、少年を引きずったまま服屋へ向かった。
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