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第35話 石を纏う屍

 石林(せきりん)の鳴き声。  地面から生えた石柱が林立する大地。石柱は高いものだと二十メートルを超える。吹き込む風が石柱にぶつかり、鳴き声に似た奇妙な音を奏でる。岩石系の魔物の住処で、とうの昔に封鎖された粘土採掘場の近く。  昼間でも薄暗く、時間帯によっては霧が発生する。  先ほどここで二頭岩蜥蜴(いわとかげ)を倒したばかり。危険を感じて逃げたのか周囲に生物の気配はない。 「はあ」  ズボンの釦(ぼたん)を留め、ホッと一息。来た道を振り返る。どこまでも同じ景色が続く。下手をすれば迷いそうだったが、詩蓮はすたすたと進む。単純に記憶力が良いのだ。蔓を石柱に巻きつけて目印とすることは可能なのだが、粘土の街にはいい種が売っておらず、詩蓮の手持ちの種は相変わらずあの三つだけ。  植物が豊富な場所なら生えている彼ら(植物)を使えばいいだけだが、こういった動植物が乏しい土地では種から育てなくてはならない。急成長させるにも魔力がいるので狩場はやはり森に限る。  ぼこっぼこっと、地面が盛り上がると何かが出てくる。  緑の目を向けると、それは岩小人(いわこびと)だった。大きさは三十センチほど。石林の鳴き声(この地)に住む妖精と魔物の中間のような生き物で悪戯好き、一体いれば三十体はいると思えと言われている。無害そうに見えて、新人冒険者の骨くらいは折ってしまう力があり、危険と言えば危険。  しかしやつらは人間にさほど興味を示さない。ならばこちらも無視を決め込もうとして、前を向く。  目が、合った。 「うっわあああ!」  堪らず後方へ跳び逃れる。同時に杖を牽制にと振るっていた。完全に杖を棍棒扱いしているが、それが命を救った。――ように見えた。  金属と杖がぶつかり合い、火花を散らす。相手はがむしゃらに振るわれた一撃など意に介さず距離を詰め、鍔迫り合いに持ち込んでくる。杖と長剣。交差するそれぞれの得物ごしに詩蓮は魔物の姿を見た。 (骸骨騎士⁉)  石林の鳴き声の上位に位置する魔物であった。人から肉と臓器をきれいに剥ぎ取った姿で、腕が四本。それぞれの腕全てに武器を握っている。長剣二本に、ボウガン、鎖付き鉄球。 (腕が四本……てことは)  殺した生物の数だけ強くなり、姿を変える。骸骨騎士の最終形態は「阿修羅(あしゅら)骸骨」。三面六腕の文字通りの化け物となる。こいつはその途中。途中とはいえ、腕の数が多いと言うことは骸骨騎士より、 (ぐう、ううっ……!)  歯を喰いしばるも騎士は長剣を軽々と横に振りぬく。小柄な少年はあっけなく吹き飛ばされた。  受け身も取れず石柱に叩きつけられ、息が詰まる。マントがなければどこかの骨をやっていたかもしれない。 「うう、このぉ……」  地面を引っ掻き、意地で立ち上がろうとする。クロスボウの標準を定めているのだ。  バッと顔を上げると、寸前まで顔のあった位置に矢が突き刺さる。白いそれは矢ではなく骨のようなものだった。  鼻も呼吸器官もなさそうな骸骨に、永遠鈍花の花粉が効くとは思えない。眠ったとしても吸える養分もない。ならば使うのは人喰い草。消化液で溶かして――  がっ。 「…………?」  どこかで重い音がした。せっかく上体を起こせたのに倒れてしまう。 「……な……に?」  かすむ目で顔を横に向ける。手頃な大きさの岩を持った、大きな個体の岩小人が笑っていた。尖った岩に数本の金の糸のようなものと血がついているので、これで殴られたのだと知る。岩小人たちは悪戯が成功したように仲間内で盛り上がっていた。  身体が動かない。  骸骨の足音が聞こえる。 「…………ふざけ……」  長剣が振り上げられた。  ――が、剣が詩蓮を両断することはなかった。砲弾の如き速度で飛来した「なにか」が骸骨騎士諸共、剣を木っ端微塵にしたのだ。  風圧でマントが大きくはためく。 (……?)  何が起きた。  乾いた大地に、バラバラになった骨が転がる。骸骨が崩れたことで、その後ろにいた者の姿が露わになった。 「ちっ……」  痛みを無視してでも立ち上がろうとする。骸骨騎士よりやばい奴が来た。  ズン、と歩くたびに地響きが伴う足音と共に、息を止めたくなる肉の匂い。  成人男性の倍はあろうピンク色の肉の塊に、表面を覆う大小の石。人型であるが見ていると不安になる歪な姿。足は二本だが、腕は三本ある。目の場所も一つは頭部に、もう一つは腹の横について赤い涙を流している。黒と茶色、二色の髪は長く地面を引きずっている。  死体と岩石をぐちゃぐちゃに混ぜて、子どもが粘土で遊ぶようにヒト型にしたおぞましき魔物。「石を纏う屍」。  阿修羅骸骨と双璧を成す石林の鳴き声最強の一角。先ほど骸骨騎士を屠ったのは、屍が握る棘付きの金棒。詩蓮より大きいかもしれない。ファッションなのか、腰らしき部位に鎖を巻きつけている。 (早く立て!)  杖を支えに強引に身体を持ちあげる。足が震えるが構っていられなかった。  奴の何が厄介化と言うと、本当に人間の死体を、脳みそを取り込んでいるのではと思うほどに「知性」があるからだ。  その証拠に「石を纏う屍」は喋り出す。 『人間か。……きれいだど』  たくさんの人が同時に喋ったような、重なる声。言葉を話すのは高位の魔物のみ。それほど高位でもないこの屍が話せるのが、「脳みそを取り込んでいる」という噂の元だった。  頭部にある目の下に切れ込みが現れたかと思うと、人間そっくりの歯と歯茎が。それは上下に動き、声を発する。 『いいな。その金の毛並み』  魔物は自分の黒と茶色の髪を一瞥し、詩蓮の金の髪をまじまじと見つめる。  欲しそうに手を伸ばしてきた。 『お、おれ、俺も欲しいど』 「くっ」  咄嗟に横に跳んで躱そうとするが、魔物は機敏だった。詩蓮のマントを掴むと強引に引き寄せる。 「あっ」  少年を目線の高さまで持ち上げる。 『ぐっぐっぐ……。いいもんみっけたど。俺の物だど』 「離せ!」  杖で殴りつけるが、石の肌はカツンと杖を弾いた。そもそも打撃用の武器ではないのだ。ダメージなどないだろう。 「……いって」 『元気いっぱいだど』  赤い涙をこぼす目を細めると、少年を羽交い絞めにした。  屍は身体の一部を取り外す。表面を覆っていた楕円形の石。その小さな石を持つと、あろうことか第三の腕がズボンの中に突っ込んできた。 「はあっ?」  目を剥く人間に構わず、手は下着の中にまで入ってくる。ごつごつした手が局部に触れ、急な激しい刺激に股間を押さえようとする。 「ああっ」 『このへんかな~?』 「んっ……やめ……」  ぼこぼこした腕が擦れる。強制的に与えられる刺激に、ぴくっぴくっと腰が揺れる。つま先は地面から離れているのだ。踏ん張ることもできずバタバタと宙を蹴る。 「はぁ……やめっ、やめろこの、クソが……」 『終わったど』  腕が引き抜かれる。だが、下着の中に違和感が残った。 「何を入れたっ?」 『すぐに分かるど』  にこっ。  鳥肌の立つ外見に似合わない微笑みを見せると、詩蓮を固定していた二本の腕が動き出した。 「ひゃああっ。ああ、やめ、何を」  もみもみと胸を揉まれる。揉むほどの肉がないのに何が楽しいのか。別の目的があるのか。魔物は玩具のように詩蓮を弄ぶ。 「はあっはあっ……ああ、んっそんな、とこ、ああっ。さわるな……ッ」  指先でくりくりと乳首を可愛がられる。過去に植物に遊ばれた詩蓮の身体は、すっかり敏感になっていた。 「ひいっ、あっやめろ、あん、きもち、わる……いっ」 『ほらほら。これはどうだ?』  つんつんと優しく突起を突いたかと思えばくすぐられる。 「はあっ! はあっ、ああんっ! あっあっ。ぃや。なんでこんな……やめ、ひうっ!」 『いい声だど。声帯も欲しい』 「もうやめ……ああ、うあっ。くすぐるな、やぅ、んあっ」  魔物の指の動きは止まらない。逃れようと腕に力を込めるも、少年と魔物の腕力に差がありすぎる。 「離せよ……!」 『尖ってきたど~』  つんつんっ。 「ンッ、ひっ。ああ、やめて! そこっ、ばっかり……ッうう」 『そろそろだど』 「……? なにが……はあっ、ん、ん? あ、ああ――あああああっ」  突如襲った振動に、詩蓮は身体をのけ反らせた。 「やだっ。やだぁ!」  下着の中に入れられた異物が振動し出したのだ。髪を振り乱すも、それは止まらない。詩蓮のソレをひたすら刺激し続ける。  ヴヴヴヴヴヴ…… 「んああああんっ! ンッ、ああ、やめええええっ。ひい! やめて、それ! ああああん」 『怖がらなくていいど。ただの振動石だど』  振動が水を浄化するので、どの街の井戸や貯水池にも沈められている便利な石。あちこちで見つかるため希少性は低いが、主に人間やきれいな水を好む魔物に重宝されているものである。  にやっと屍は笑う。 『でもこれは濡れないと振動しないから……。お前のような変態さんにはピッタリだど』 「っ、誰が……!」 『魔物に触られて気持ち良くなったんだど? そうじゃなきゃ振動石は動かないど』 「私は、ああっ、やだ、やだあっ……。うっ!」  急に地面に放り出されたかと思うと、向き合う形にされ、両手首を掴まれる。  両手首を掴まれた詩蓮は、逃げることも石を取り出すことも、顔を隠すことも出来ない。 「ああっ、ああああ……! やだぁ、震えて……っああ」  真正面から、感じている表情を鑑賞される。 「見るなっああ! ……いや、見るな。震えないで……はああ……」 『気持ちよさそうだど。気に入ってもらえて嬉しいど』  気に入ってなどいない! と強気に言い返したいが口から出るのは甘い声ばかり。 「ふあっ、ああん。ああん。いや、やめああああっンッ」 『むふっ。そうしていると何もしていないのに、嬌声を上げているように思われるど? 手首拘束されて感じている変態さんど』  音は聞こえるが、石は下着の中なので確かにそうなるだろう。蹴り上げてやりたいのに、足に力が入らない。 「ううっ。うう。私は……変態じゃ、な……いうううぅ」 『どいつも最初はそう言うど』  第三の手が伸びてくる。それはインターホンのように乳首を押した。 「ひゃあんっ。やめて!」 『びくびくして可愛いど~。持ち帰ってペットにするど』  「石を纏った屍」は腰に巻いていた鎖を外し、細い首に巻きつける。首輪だ。あまりの屈辱に、一瞬何も感じなくなった詩蓮は落とした杖に手を伸ばす。  手が届く寸前で、 『それからは嫌な気配がするど~』  ぐいっと鎖を引っ張られ、地面に引き倒される。 「うあっ」 『さ。行くど』  ずるずると引きずられる。  首が絞まる。 「ううっ」  石は相変わらず刺激を与えてくるが、詩蓮は歯を喰いしばると近くにいた岩小人をがしっと掴んだ。短い手足をばたつかせるも気にせず、屍の頭部へ投げつける。  がんっ。  魔物に当たり地面にバウンドした岩小人は真っ二つに割れた。すぐに仲間が集まり、接着液を塗ってくっつけようとしている。 『……ボール遊びがしたいど? それはお家に着くまで待つど』 (効いてないっ)  ぶつけられた魔物は、頭部を指でぽりぽりと掻いただけだった。

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